テラーノベル
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「小さな歩道橋だったからね。ニュースになんかならなかったと思うよ。新聞に載っていたと言ううちのお客さんもいたし、誰かに突き落とされたのではないか、つい落とす女を見たとか言う人もいた。けれど、その事故で藍は頭を強く打った藍は数日生死を彷徨って、僕らは藍が助かることだけど願うことで精一杯で、犯人捜しみたいなことなど考えることもできなかった」
「それっていつの頃かわかりますか? 季節とか」
「さくら祭りの頃だったと思う。祭りに行くのを楽しみにしていたから」
壮太の頬に涙が落ちた。
「目を覚ました藍の記憶は、高校生の頃の数年間が失われていた。どうしてそんなことが起こってしまったのかはわからない。僕ら両親のことや大学に進学したことは覚えていたし、学力や知識も変わりはなかった。性格も話し方も何も変わっていないのに、あの子は人生のもっとも輝かしい時期の記憶をなくしていた」
また頬に涙が落ちた。
ずっと嫌われたと思っていた。
フラれたんだと思っていた。
だったらはっきりそう言えよって、突然、音信不通になるなんてズルいじゃんって思ったこともあった。
壮太は藍の何を見ていたのだろう。
そんなことをする子じゃないとわかっていたけど、腹を立てていたときもあった。
けれどそうではないとわかった安堵から流れる涙。
藍に恋をしたことで、壮太にとって人生でもっとも輝いていた時期が、藍の記憶からは消えてしまった。壮太は今でも鮮明に覚えているから余計に、胸が締め付けられて悲しくなった。
藍と再会してから数日が経ったある昼。
いつものように、コンビニに昼食を買いに行こう会社を出たところで、壮太は思わず足を止めた。
「七瀬さん」
あの日、受付カウンターに置いてきた壮太の名刺を握り締めて立っている藍の姿があった。
「藍、いいえ、木梨さん。どうしてここに?」
「すみません。突然会社まで押しかけてきてしまって」
「いえ、それは全然大丈夫ですけど」
「あの」
やや俯いていた藍だったが、顔をあげて思いきったように言った。
「お話がしたくて来てしまいました。ご迷惑でしたか…」
「迷惑なんてとんでもない。ここでは暑いから、どこか喫茶店にでも行きましょう」
うなずいた藍と並んで歩き出した。
何年振りだろう、この感覚。
けれど、あの頃よりも壮太はもっともっと緊張していた。
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コメント
1件
え、藍さん、記憶なくなってたんだ……。壮太が「嫌われたんだと思ってた」って泣くシーン、もらい泣きしそうになった。記憶は消えても恋した気持ちのほうは壮太の中でずっと輝いたままなのが切ないよ。再会して、今度は壮太が緊張してるのがいいな。2人の時間、ゆっくり取り戻せますように。