コメント
1件
先生は、言葉が足りないと言うより、もう少し相手にわかるように自分の気持ちを伝えた方がいいんじゃないの?
「そんな風にはって、どういうことなんですか? 彼女と、昨日は何を……」
思惑通りに乗ってきたことに、
「……知りたいですか?」
薄い笑いが浮かぶ。
「……彼女と何があったのか、話してあげましょうか?」
このままひと息に落とし込めればと、問い詰めるのを、
「……別に、聞きたくもないですから…そんな話なんて……」
顔がつと横へ背けられて、
「……本当に、聞きたくはないのですか? ……では例えば……夕べ、私が彼女を抱いたと言ったら……?」
わざと彼女を挑発するような言い方をした。
「……抱いたって、どうして……?」
「……どうしてとは?」
もういい加減に手中に落ちてしまえばいいと言いつのるのを、
「……なぜ、そんな目で見るのです?」
女性からあまり向けられたこともない、射竦めるような眼差しで捕らえられて、
「……もしかして、体の関係を持つのは、あなただけだとでも、思われていましたか?」
下世話な話を持ちかけて、離れかける彼女の気持ちを繋ぎ留めようとした。
僅かに赤らむ顔に、少しは感情の一端を引き寄せられたようにも感じて、
「……体を合わせるのがあなただけとは、私は一言も言っていませんよね? それとも……あなただけが、特別だとでも、感じていましたか?」
既に自らの手の中にあるのを知らしめようと、そう口にした。
それでも尚も、睨むような視線が向けられて、
「……嫉妬でも、しているのですか?」
まだ反発をするのならと、大人気もなく吐いた一言が、
「嫉妬なんか、するはずないですから……」
当然のように感情を逆撫でして、
「用がそれだけなら、もう業務に戻りますんで!」
彼女が声を荒げ、診療ルームを出て行こうとした。
「待ちなさい……」
低く呼び止めて立ち止まった、その背中に、
行かないでほしい──と、
「少しは、気持ちを認められたら、どうですか?」
投げかけた台詞に、彼女が顔を振り返らせる。
「……認めたら、どうするって言うんです……?」
こちらの本心が探られていることをわかって、
一瞬息を呑み、答えようとした言葉は、
声には出せないまま見失われて、代わりに口をついたのは、
「……私に、愛情を与えてほしいとでも……?」
皮肉でしかないような、煽り文句だけだった。
行かないでほしいと……そう言えればよかったのだとすれば、その言葉をどんな思いで告げればいいのかを教えてほしいと感じる。
なぜならそれが、愛情と呼べるものなのかどうかさえも、私にはわからないのだから……。
「……あなたに、与える愛なんて、あるんですか……?」
落胆した眼差しで、きつく見据えられて、
どう言えば伝わるのかも知れないのだと、私はそうして人を寄せ付けないような付き合いしか、今までしてこなかったのだからと、
「……私は、君に聞いているんです」
本当の答えは何も導き出せないまま、もはや彼女に答えを預けるしかない思いで、そう口にした──。
同時に、自分には愛情などわからないのだという、やり場のない虚しさが胸を込み上げる。
「認めたって、あなたは愛そうともしてくれないじゃないですか!」
叫んで、彼女が走り出て行ってしまうと、両手で顔を覆った。
……どう言えばよかったのかもわからずに、
ましては、一体何を伝えればよかったのかも、
何一つ、私にはわかりはしなかった……。