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──その日の帰り際に、車から彼女を見かけて呼び止めた。
午後の一件が頭から離れずに、彼女を連れて帰らずにはいられなかった……。
嫌がる彼女をようやく家へ入れて、笹井さんとはそういう関係にはなっていないことまでは告げられたが、
それでも容易には信じてもらえずに嘘だと片付けられて、
「嘘ではありません。
……私がこの部屋に連れてきた女性は、あなただけですから」
自分なりの最後のカードを切った──。
「嘘……」と、くり返されて、
「なぜ、嘘だと思われるのです。私を、信じられませんか?」
精一杯の真実さえも、もう信じてはもらえないのかと。
「信じられるわけなんか……」
けれど、ただ信じてほしいと願えば願うほど、互いの気持ちは噛み合わずに、いたずらにかけ離れていくようにも感じた。
涙が流れ続ける頬に、泣かせるつもりもないのにと、そっと手をあてがった。
「……泣くほど、辛いのですか?」
どうして、追い詰めることしかできない……と、感じる。
「……そんなにも、私を嫌うのですか?」
彼女の瞳から涙が新たに零れ、頬にあてた私の手を濡らした。
「……嫌いです…嫌い……愛情もなく、人の心をもてあそぶようなあなたなんて……」
悲しげに言葉を切り、
「大っ嫌い……っ!」
泣き叫んだ彼女の身体を、まわした腕で思わず抱きすくめていた──。
不意の自分の衝動に、驚きが隠せなかった。
「なんで……」 震える声で尋ねられて、 「なんででしょうね…」 と、抱えていた腕を静かにほどいた。
「……あなたを見ていたら、無性に抱いてあげたくもなって……」
顎を上向けて、恐れなくてもいいからといたわるような触れるだけの口づけを与えて、
「……衝動的に、そうしていました……」
唇を離して告げて、
「この私が、自分の感情も抑え切れないなど……」
そう自嘲気味に続けると、笑うしかないような、自らの不器用さを痛感した。
理屈では考えられない衝動に、頭の中が混乱して、脱力したようにソファーへ身体を落とし込んだ。
「……あなたには、想定外なことばかりですね…」
ひとり呟き、深く腰を沈めて、
「それと……昨夜は、あの彼女を本当に抱いてなどいませんから……」
同じ話を再び繰り返した。せめてそれだけでも信じてもらいたかった。
「……彼女はしつこく誘ってきましたが……なぜか、そんな気にはなりませんでした…」
短くハァー……と息をついて、ソファーに足を組むと、
「いつもは、来るものは受け入れて、拒むようなこともないのですが……」
そこまで話して、自分はなぜ彼女へ本音をさらけ出しているんだという戸惑いに駆られて、ふっと目を伏せた……。