「ん…」
明け方のことだった。今日の夜に決行する博人との駆け落ちのことをずっと考えていたから全然眠れなかった。ようやくうとうとした頃、眠りに就いていたはずの私はなぜかタオルのようなもので両手を縛られていて、誰かに身体を触られていた。
違和感を感じて目を開けた。博人の手の感触と違った。
「ん、あれ…こ…うき?」
瞼を開けるとぼんやりとした人影が目に入った。視界の前にいたのは光貴だった。
きちんと止めていたパジャマのボタンは開けられ、着用していたナイトブラも取り外されていて胸がパジャマから剥き出しになっている状態だ。手が不自由で身動きが取れなかった。
「今からしよう」
「えっ…?」
しようと言われて混乱した。戸惑っていると乱暴に胸先にしゃぶりつかれた。
既に半裸状態でかつ両手が縛られているため、止めることができなかった。
詩音が体内に宿り、死産してからもなお、光貴とのセックスは拒否していた。
彼に我慢させていたのはわかっていた。でも、光貴と肌を重ねるのは辛くて苦しくて、どうしてもできなかった。
博人と初めて男女関係になったときは派手に所有痕を付けられてしまったから、その後もずっと断り続けていた。
どうしよう。断りたい。
でも光貴に怪しまれても困る。今は光貴を受け入れるしかないよね。
今はまだ夫婦だし、正当な理由もないのに拒否し続けるのはおかしいから…。
最低なことを考えている自分に嫌気がさしてきつく目を閉じた。光貴に集中しよう。せめてこの時だけは。今はまだ光貴が伴侶なのだから。
「っ、光貴…どうしたの?」
「子作りしよう」
血の気が引いた。
生理も普通に始まったし、私はまた妊娠できる体に戻っている。
もしも万が一なんて考えたくないし、どうしてこのタイミングで…。
「そ、それは…私の気持ちが落ち着くまで待ってくれるって、言ってくれたよね?」
ただ性欲を満たすだけじゃなくて、子供を作るのが目的のセックスなら、ぜったいに止めてもらわなきゃ。
今、こんな時に光貴との子を妊娠してしまったら、博人に軽蔑されてしまう。
どうしよう。博人に嫌われたくない――
頭が真っ白になった。
「もう、待てない」
今日の光貴は様子がおかしい。もしかして酔っているのかな。
とりあえず穏便に済ませよう。拒むとよくないと思い、なにかあったのか、と、聞いてみた。
「なにもないよ」
首筋に唇が這わせられた。たどたどしい光貴の唇はいつもと同じ。優しく愛しいと思うのに、どういわけかなにも感じない。
「ん、こうき…」
博人とのライブは、彼の唇が触れるだけで勝手に卑猥な歌声が漏れる。体の奥からわき出る灼熱の炎に焼かれるかの如く、燃え上がって昂り、どうしようもなくなるのに。
どうして光貴とはそうならないのか――私は今日も演技の歌声を上げた。
歌いながら必死に考えた。
そして恐ろしい結論を導き出した。
でも、そう考えると全ての合点がいく。
光貴のことはずっと好きだと思っていた。
でも、それは愛ではない。
私は友情と愛情をはき違えていた。
私は最初から光貴を愛してなかったのだ、と――
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