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「イケメンが次々放り込まれる呪いってなんだ……?」
とデスクから顔を上げ、貴弘が言った。
あのあと、のどかは差し入れを持って、貴弘の会社に来たのだ。
住宅街に突然ある民家のようなたこ焼き屋に行ったからだ。
美味しいけど、時間がかかるので、いつも行くのをためらうのだが。
「いやー、いつもなら待たされるのならいいやって思うんですけど。
今日は時間がありあまってたので。
他にお客さんも居なかったみたいだから、たくさん買ってきたんです。
おすそ分けです」
とのどかは言った。
「たこ焼き屋さんの前の|縁石《えんせき》に腰掛けて、ぼんやり空と空き地を見て待ってたんです。
こういうのんびりした時間も人生には、必要かなって思いましたよ」
「そういう時間がそのまま続かなきゃな」
とドスッとくるような真実を貴弘は言ってくる。
「そういえば、プレゼンどうなりました?」
「いや、呪いはどうなった……」
と言いながら貴弘は溜息をついていたが、教えてくれる。
「信也がこの題字が素晴らしいとか。
この配色が素晴らしいとか。
明治から昭和初期にかけてのまとめ具合が素晴らしいとか絶賛してくれたんで、なんとかなりそうだ」
「……それ、全部、信也さんがやったところですよね?」
とのどかが言ったとき、
「社長」
と北村がやってきた。
よし、お邪魔になってもいけないし。
帰るか、と思い、帰ろうとしたのどかに、
「待て」
と貴弘が言う。
「のどか。
今日は、晩ご飯、どうするんだ?」
「何故、私に訊くんですか?」
と振り返り、のどかは訊いた。
「……妻だからだろう」
「連休明けたのに、まだ妻でしたか」
「婚姻届撤回できなかったんだから、当たり前だろ」
っていうか、妻じゃないのなら、なにしに来た、と言われる。
「いえいえ。
クビになった連休中、此処で働かせていただいたうえに、住まいも提供していただいて。
ときに晩ご飯もご馳走になったりしたお礼にたこ焼きを、と思いまして。
では」
とのどかは北村たちにも頭を下げた。
みなに、たこ焼きの礼を言われ、まだ明るい外に出る。
よし、続きを片付けよう、と思う自分が、前程、あのあばら屋敷が怖くなくなっているのに気がついた。
帰ってもひとりじゃないとわかったからだろうか。
一応、お隣だが、あまり住んでいないらしい八神さんもたまには居るようだし。
……猫耳の神主も居ることだしな。
そして、たまには呪いのイケメンが放り込まれているかもしれないし――。
「のどかさん、帰ってしまいましたけど、よかったんですか?
夕食の話、つめとかなくて」
と振り返りながら、北村が言う。
貴弘は、
「いや、なにか言う雰囲気にならなくて……」
と言ったあとで、
「まあ、あとでまた連絡するよ。
イケメンが放り込まれる呪いとかあやしいこと言ってたからな」
と一応、手許の資料に目を落としたが。
のどかが語って言った一連のあやしい話ばかりが頭を回り、
「……単に、勝手に部屋に入り込んだ隣の奴が、呪いだとか言ってるんじゃないのか?」
と、つい、呟く。
さすがに会社で、猫耳神主が、とか言いにくかったので、のどかは、イケメンの呪いの話しかしていなかったのだ。
いや、それだけで、どうかと思われる内容なのだが――。
「ともかく、あとで行ってみるよ」
と貴弘が言ったとき、
「社長っ、すみませんっ。
今、出先なんですけど……っ」
と焦った感じの電話が入ってきた。
連休中、止まっていた仕事が動き出し、発覚していいなかったトラブルも動き出す。
仕事に忙殺されているうちに、また日付が飛んでいた。
タイムスリップだろうか……とほとんど人の立ち入らない、吸わない人の部屋で目を覚ました貴弘は思う。
徹夜明けの土日なので、誰も居ない。
そうだ、のどかは……?
渡した連休中のバイト代も尽きてそうだし、ちゃんと食べているだろうか、と子どもかペットを心配するように心配し、貴弘は昼間の眩しさに目をしばたたきながら、ビルから出た。
その庭先に立った貴弘は、とある昔話を思い出していた。
都から帰ってくると、昔と変わらぬ美しい妻が出迎えてくれるが。
目が覚めてみれば、そこはあばら屋で。
妻はとっくの昔に死んでいたという。
……いや、此処は最初からあばら屋なんだが。
と一応、自分が所有している雑草まみれの家を見上げ、貴弘は思う。
日中見ると、より、あばら屋だな……。
どうしてこの家に文句も言わずに住んでるんだ、のどか。
イケメンの呪いのせいか。
うちのマンションはオール電化だし、食洗機もついてるし、オートロックだし、なにかあれば、警備会社も飛んでくるから、呪いにより人が放り込まれても、すぐにおかえりいただけるぞ。
などと思いながら、庭先に突っ立っていると、縁側を通りかかったのどかがこちらに気づき、ガラス戸をガタピシ言わせながら開けてくれる。
「成瀬社長、お元気でしたか?」
と他人に向かい、呼びかけるように言ったのどかの手にはキャットフードの入った皿があった。
「どうした。
まさか、金がなくなって、それを食っているのか?」
「いやいや。
大丈夫ですよ。
これはうちの猫のです」
猫、居たのか、本当に……と思う貴弘に、
「キャットフードなんて食べるわけないじゃないですか」
とのどかは笑う。
「私が食べてるのは雑草ですよ~」
……いや、なにも大丈夫ではない、と貴弘は、雑草まみれのあばら屋で笑う妻を見た。