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パウルス男爵率いる領邦軍本隊が暁と激突した頃、貧民街では別動隊を任されているマロン騎士爵が五十名前後の兵士達を率いて貧民街で放火と市民への攻撃を行っていた。彼等の行動はあくまでも陽動ではあるが、聖光教会による功績の横領を阻止するためと称して落ち着きつつあった貧民街に再び混乱を引き起こすこともまた重要であった。少なくとも彼等にとっては。
「帝都に巣食う害虫共を悉く粛清せよ!貴様らなど神聖な帝都には不要な存在だ!」
彼等は家屋に火をかけ、逃げ惑う人々に容赦なく銃弾を浴びせ、銃剣で刺殺していく。マロン騎士爵は馬上から叫ぶだけで何一つ行動を起こすことはない。
これは彼の気質故であり、パウルス男爵もそれを知るからこそ重要なレンゲン公爵家攻撃隊に彼の部隊を加えずに比較的簡単と思われる陽動作戦を任せたのである。逆に言えば、その程度の器量しかないと見限られているとも言えるが。
貴族としてのプライドだけは一人前以上に高いこともあり、市民に対する容赦の無さは評価されているが。そして主人の気質が反映されているのか、彼の兵士達も蛮行を嬉々として実行していた。その有り様に貴族の誇りなど微塵もなく、野盗山賊の類いだと言われても納得してしまう光景が広がっていた。
だが、彼等は知らない。マリアの堪忍袋の緒が切れ、その狂信的な私兵達に苛烈な命令が下ったことを。
マロン騎士爵達が蛮行を繰り広げている区域の直ぐ傍にある広場。そこにはマリアが帝都へ連れてきた蒼光騎士団百名が勢揃いしていた。
彼等は騎士団と呼ばれているが騎士甲冑などは身に付けておらず、空色の制服を身に纏い近代的なM-1ガーランド小銃を装備していた。
そんな彼等の前を、黒髪の青年ラインハルトがゆっくりと歩む。聖女の狂信者でありマリアの腹心でもある彼は、静かに口を開いた。
「同志諸君、聖女様より御聖断が下された。今まさに町を荒らし回る賊を速やかに排除せよと」
ラインハルトの言葉を聞き、団員達が目を輝かせた。
「我らは聖女様の盾であり、剣である。聖女様の歩まれる道に障害があるならば、これを速やかに処理せねばならない。命を惜しむ必要はない。我らは聖女様によって命を救われた。ならば、命を以て報いるのは道理である。聖女様を煩わせる賊に、神の鉄槌を下す。往くぞ」
号令も、それに答える雄叫びもない。彼等はただ粛々とマリアの言葉を実行するのみである。
あまりにも静かな出撃に、同行している聖奈も首をかしげる。
「ねぇ、ラインハルト。よく分かんないんだけど、こう言う時って叫ぶものじゃないの?」
「我らにそのようなものは不要ですよ、妹様。聖女様への忠誠心を示すのに言葉は不要。荒事はお任せください」
「ふぅん?……分かった。相手のボスは私がやるから、皆は正面から敵を叩き潰して」
「御意。我らの忠誠をご覧ください」
ここで聖奈は隊列を離れた。そしてラインハルト率いる百名は黙々と街中を突き進み、ついに蛮行を繰り広げる領邦軍の前に姿を表した。
家屋が燃やされ、逃げ惑う人々に容赦なく武力を行使する蛮族達を前にしてもラインハルト達蒼光騎士団の面々は特になにも感じることはなかった。
突然現れた完全武装の一団に領邦軍は困惑した。相手は貧民街の貧民。到底抵抗できる筈もなく、現に抵抗してきたのは一部のゴロツキだけでありそれだけならば何の問題もなく対処できたからである。
だが、目の前に展開している者達は明らかに様子が違う。
「かっ、閣下!!どうしますか!?あいつら、明らかに下民って成りじゃありませんよ!」
「まさか治安当局が動いたのか……厄介だな……手を出すのは待て!」
だが、マロン騎士爵の制止は遅すぎた。彼が率いている領邦軍は主に劣らぬ選民思想の持ち主ばかりのため、弱者を一方的に嬲る快感に支配されていた。
正常な軍人でさえ陥る可能性があるものであり、マトモな思想教育を受けていない彼らがそんな快感に溺れるのはある意味仕方の無いことであった。
加えて言うならば、領邦軍に歯向かうと言うことは貴族に歯向かうのと同義であり、帝国では忌避されている。そのため大半の貴族や領邦軍がマトモな実戦経験を積んでいないことも影響していた。
だが、今回ばかりは相手が悪すぎた。相手は蒼光騎士団、聖女の私兵と揶揄される集団である。その本質は事実マリアの私兵であり、そして度を越えた狂信者集団であることだ。
彼らにとってマリアの意思が成就することこそが至上であり、残りは全て些事に過ぎないのである。俗世の柵や風習などは一切考慮に値しない。
そして堪忍袋の緒が切れたマリアは実力行使すら容認する指示を与えた。こうなると、最早彼らを止めることはできない。
「聖女様は貴様らに慈悲を与えてくださった。すなわち、俗世からの解放である。なんと羨ましいことか。私は、いや我々は貴様らを心底羨む。何故ならば、貴様らはその行いを聖女様からの慈悲で赦されるからだ」
ラインハルトの言葉を皮切りに、蒼光騎士団百名が一斉にガーランド小銃を構えた。
これには領邦軍も困惑する。これまで一部のゴロツキが破れかぶれに抗ってきたことはあるが、まさか真正面から堂々と敵意を表す存在など居なかったからだ。
もし彼らが軍人としての思育を受けて、魔物や賊相手に充分な実戦経験を積んだレンゲン公爵家の領邦軍だったならばまた違っただろう。
しかし、マロン騎士爵の領邦軍もまた弱者を一方的に弾圧したことしかないのだ。
そして、その動揺が彼等の命運を分けた。
「恐れることはない、これは祝福である」
そして貧民街に轟音が鳴り響く。M-1ガーランド小銃。ようやくボルトアクションライフルが普及し始めた帝国において明らかなオーパーツである。
これまでの様々な地球の銃がライデン社によって開発されたが、それらは帝国の工業技術力の低さからどうしてもオリジナルに比べて性能面で妥協せねばならなかった。
だが、この銃だけはライデン会長の強い拘りによって全てのパーツが完全オーダーメイド。僅か百挺のみと生産数も少なくコストも他に比べて遥かに高いが、オリジナルに劣らぬ高性能を発揮する。
そんなオーパーツと言える銃を『帝国の未来』の愛読者であり近代戦の戦術を間接的に学び、遠慮無く訓練に取り入れたマリアの私兵達が使えばどうなるか。
「にっ、逃げろーッ!!」
M-1ガーランドは七連発を誇る速射性と精度の良さを充分に発揮し、棒立ちしていた領邦軍将兵を次々と薙ぎ倒されていく。
ボルトアクションライフルとセミオートライフルでは速射性が段違いであり、更に蒼光騎士団は豊富な資金力を背景とした豊富な弾薬を用いて充分な訓練を積んでいるのだ。今、蹂躙が始まる。