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設楽理沙
1,530
きっと夢よ。目を開けたら消えているわ。
「ほ!」
「残念ながら現実なようだ」
ジョセフィーヌは喋り、動くぬいぐるみと向き合ってクラリと身を揺らした。
ぬいぐるみはどっこらしょ……と言いたげな様子でベッドに座ると手足を投げ出している。
(か……わ……いいえ!怖い!かわい!)
「驚いただろう」
ぬいぐるみは自分の手足を眺めながら言う。
「驚いたどころでは……あなたはどうしたの?どうして動くの?お化け?これはね、私の大切なぬいぐるみなの……出て行ってくださいませんか?」ジョセフィーヌはベッドに頬を当てながら恐る恐る尋ねる。お帰り願いたい。
「……わからんのか」
ぬいぐるみは顔を上げるとよっこらせ、と立ち上がる。
「え?」
「俺だ……ギルフォード・アルベリヒだ」
ぬいぐるみはトテトテと歩いてくるとジョセフィーヌの頬に抱きつくように身を寄せ、静かにそう名乗った。
「ひ……ひぇええ!!?」
ジョセフィーヌはぬいぐるみを自分から引き剥がすと立ち上がる。
「わかる、気持ちはわかるぞ……しかし待て今回の件、俺がやったわけではないんだ。信じてくれジョセフィーヌ」ぬいぐるみはジョセフィーヌに自分の無実を必死に訴えている。
「う……殿下は私のこと名前では呼びません!」
ジョセフィーヌは泣きながらぬいぐるみを持ち上げると床に投げつけようと後ろに反らす。
「待て!待て待て!投げるな!衝撃で抜けてしまうかもしれん!それに諸事情で仲睦まじく出来んかったのだ!名前はずっと心の中で呼んでおった!」
ぬいぐるみはパタパタと手足を懸命に動かしている。かなり焦っているようだ。
「…………じゃあ質問を……私と殿下しかわからないような……」
ジョセフィーヌはじっとりとした目でぬいぐるみを見つめる。ぬいぐるみはコクコクと頷くと胸をポコンと叩いた。
「……わかった。言ってみろ」
「…………」
「…………」
——————————ない
(ない……二人の秘密ないわ!)
「…………あ、そうだ。私が最近ハマっていることは?」
ジョセフィーヌはかつての嘘を尋ねてみた。ギルフォードを困らせたくてついた嘘。
「コバエを発生させることだ。それとも壁のシミの方か?」
「…………で……殿下!…………あれは本当に殿下が指示したものではないのですか?」
ジョセフィーヌは確信した。
なぜならあんな嘘……ギルフォードにしかついていないからだ。
「やっと信じる気になったか」
「はい……殿下、でもなぜぬいぐるみに?」
ジョセフィーヌはギルフォードを抱き上げながら小首を傾げる。
ギルフォードはそんな彼女に手を伸ばしながら「死んだかもしれん」とキスをした。
「え?」
「あの後すぐに俺は捕らわれ幽閉された。時折爪を剥がされたり指を潰されたりしていたのだが……死んだか」
ジョセフィーヌはぽかんと口を開けて、短い腕をぽっちりと組んでいるギルフォードを見た。
「死ん……」
「まあ、死んだのかもしれん」
ギルフォードはなんてことないようにそう言うとジョセフィーヌにギュッと抱きつく。
「まあいい、人は必ず死ぬ。しかしお前が生きていてよかった」
「…………殿下」
「お前は死なさん、俺が守る。お前が幸せになるまで俺はずっと傍で守ってやる」
ギルフォードはつぶらな瞳でそう言った。
ジョセフィーヌはそれを聞いて————涙がブワッと溢れ出してしまう。
「い……嫌です……」
「そう言うな。上手く隠れながら見守る」
「そうではなくて……殿下が死んだなんて……嫌でございますぅ~」
ジョセフィーヌは号泣した。
ギルフォードが死んだなんて。
ジョセフィーヌは気付いてしまった……自分のこの感情に。
「わ……私のことを幸せにしてくれなくとも……殿下には生きていて欲しかったのでございますぅ〜ううう〜」
ジョセフィーヌは床に跪いて泣いた。ジョセフィーヌはギルフォードに幸せになって欲しかったのだ。
自分とではなくとも……幸せに。それなのに!
「……泣くなジョセフィーヌ……」
ギルフォードは優しくポテポテとその背中を撫でる。
「う……うう……殿下……殿下、なぜ死んでしまったのでしょうか……!私……私は殿下を好いておりましたぁ」
ジョセフィーヌはギルフォードを抱き締めながら頬を寄せた。
「…………死んだとは限らん」
「……え?」
「生きてるかもしれん……が、瀕死の状態だと思う」
「そ、それはどうしたら……」
「幽閉されている塔に行けばわかるが……お前を危ない目に合わせるわけにはいかん、それに……」
「それに?」
「誰が味方かわからん。王宮全部が敵の可能性があるぞこれは……参ったな。しかしジョセフィーヌ……お前が俺にそんな感情を抱いていたとは……俺が死ぬのは嫌か」
ギルフォードは頭の後ろをコロコロと撫でて、照れたように足をもじもじさせている。
「え……?まあ……それは……」ジョセフィーヌは顔を真っ赤にした。
「…………そ、相思相愛であったか……」
ギルフォードももじもじと手を動かして、腰をフラフラさせる。
「相思相愛?」
「ご存じの通り俺はずっとお前を愛していたからな。生前は冷たくしてすまんかった……結局こんな結果になってしまったか」ギルフォードはキリリと前を見るとトテトテとジョセフィーヌの近くに走り、キュッと彼女に抱きついた。
(ご存じの通り……?全然気付きませんでした!それに生前なんて……不吉なことをいうのはやめてくださいまし!)
「まあ、こうなったら全て話すか……俺がここにいるとは誰も思うまい、危険もないはずだ」
ジョセフィーヌはギルフォードを自分の傍に引き寄せる。これで万が一誰かが見ていたとしても、ジョセフィーヌが一人でぬいぐるみで遊んでいるようにしか見えないはずだ。
「殿下……」
「…………ギルフォードと呼んでくれ」
ギルフォードは頭を擦るような動作をしている。
「ギルフォード様」
「…………悪くない」
ギルフォードは満足げにその場にあぐらをかいて、腕を組んだ。まあ、全てぬいぐるみがしているので短い手足がかわいらしい。
「えー?うふふ♡ギルフォード様、私のことも呼んでくださいまし♡」ジョセフィーヌは小首を傾げニコニコ笑う。
「ふ……ジョセフィーヌ、ニコニコしよってかわいらしい女だ」ギルフォードはジョセフィーヌの顎にぽってりと手を添えた。
「うふふ♡ギルフォード様♡」
「ジョセフィーヌ♡ふふ」
ジョセフィーヌはギルフォードをギュッと抱き締める。ギルフォードはジョセフィーヌに抱きついてキスをするとゆっくり話しはじめた。
「俺にはディードリッヒという兄がいる」
「はい……」
「兄上は昔から俺が大切にしているものを奪い取っていくような男なのだ」
ギルフォードは手をワナワナと震わせながら憎々しげにディードリッヒを思い浮かべた。
かつて幼きあの頃————
ギルフォードは欲の象徴として馬小屋に住んでいた。
第三側室という立場でありながら第一、第二側室を差し置いて妊娠した母から生まれたギルフォードは周りを尊重出来ない、自分勝手な欲の象徴として王室から忌み嫌われていたのだ。
馬は神に近い存在の動物であり、賢く協調性がある。
小さい頃に寝食を共にすることでギルフォードの魂は浄化されると考えられていた。
まあ——第一の目的はギルフォードにまともな教育を受けさせないことであっただろう。第三側室は身分が低い。
(なーにが協調性のある動物だ)
物心がついたギルフォードは毎朝前髪をぐちゃぐちゃに食まれ馬を睨みつけていた。彼らは賢いが、ただ崇高なわけではない。
歯をむき出しにして、その目が明らかにギルフォードを小馬鹿にしている馬を見て——ギルフォードも歯を剥き出しにした。しかし勿論馬はギルフォードに優しくもあった。
寒さに震えているとそっと身を寄せてくれる。
そんな中、ギルフォードに友だちが出来た。
ねずみだ。
彼はギルフォードにパンの欠片をお強請りするように手のひらを見せてくる。ひと欠片上げるとくるくるとその場でかわいく回るのだ。
ある日、ディードリッヒが乗馬教育のために馬小屋にやってきた。ギルフォードの肩に乗るねずみを見て「ギルフォード、大切なものが出来たの?」とニッコリ笑う。
次の日からねずみは小屋に来なくなった。
ディードリッヒが疫病対策として王宮に猫を放ったからだ。
「ギルフォード、これ素敵だろ?私のペットが捕らえたんだ」
ディードリッヒがギルフォードの目の前でぶら下げたねずみの皮に彼は涙をこぼす。それを見てディードリッヒは満足そうに微笑むのだ。
ギルフォードがその辺りに落ちていた枝で作ったスプーンも、キレイな石も全部ディードリッヒは持っていってしまう。そしてディードリッヒはギルフォードが悲しむと満足するようで、それらは奪った後ゴミになるのだ。
それを繰り返す度、ギルフォードは悟った。
(兄上に大切なものがバレてはいけない)と——————
ギルフォードは年頃になると戦場に送られることが決まっていた。戦地で実践を経て力をつけ、兄の後ろ盾となれと言われていたが——本来はそんなことどうでもよかったのではないだろうか?
ギルフォードが戦地で死ぬことを薄っすらと全員が望んでいたのではないか?
しかしギルフォードは死ななかった。
そして立派に功績を上げた彼は、帰国後王に直接交渉をしたのだ。
「フィラディス公爵家の婿養子になりたい」と
コメント
1件
ぬいぐるみ姿のギルフォード殿下がもう愛おしくて……!「死んだかもしらん」って軽く言うところと、ジョセフィーヌが「殿下が死んだなんて嫌ですぅ〜」って号泣するシーンのギャップに胸がぎゅっとなりました。回想で明かされた幼い頃のエピソード、特にねずみの皮を目の前で見せられる場面が切なくて。あんな辛い過去があったからこそ、ぬいぐるみの姿でも必死にジョセフィーヌを守ろうとする姿が沁みますね。ふたりの距離が縮まった今、どうなるのか気になって仕方ないです🌷