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設楽理沙
1,530
可憐な花のような存在だった。時折父親の公務に付いてきたであろう彼女は。
ある時——道に迷ったのか公爵家の娘が馬小屋にやってきたことがある。年の頃が自分とあまり変わらなく見える彼女は髪飾りを馬に奪われ半べそをかいていた。
「大丈夫ですか?」
ギルフォードは馬の尻を軽く叩くと髪飾りを奪還した。
そしてよだれでベトベトのそれを、水で軽く洗い彼女に返した。
ただそれだけだった。
それなのに彼女はキラキラした目でギルフォードを見ると「す……すごいわ。騎士みたいでございます!」とかわいらしい声で言った。
そしてちょこりと膝を曲げて「私、ジョセフィーヌ・フィラディスと申します。心より感謝申し上げます」とお礼を述べて王宮の方に歩いて行ったのである。
(こ……公爵家のご令嬢だったのか。どおりで……)かわいいわけだ。
その時からギルフォードはジョセフィーヌに夢中だった。
自分をどう思っただろうか?とギルフォードは毎晩毎晩考える。決して良いとは言えない身なり。
汚れた身体。
彼女は自分を王族だとは思わなかっただろう。
(しかしジョセフィーヌ嬢は俺に丁寧に接してくれた……なんて心の美しい人なんだ。おまけに…………とてもかわいらしい人だった……)
それからというものギルフォードは彼女が王宮に来るたびコッソリ馬小屋を抜け出して、陰からずーっとジョセフィーヌを盗み見ていた。その時は彼女とどうこうなりたいと思っていたわけではない。
ただ——幸せになって欲しいとは思っていた。
————————————
「ほう……?なぜ?」
ジョセフィーヌの家へ婿養子を希望するギルフォードに王は尋ねた。ここまでの功績を上げれば——一般人ですら単独で貴族の階級を得ることも可能だからだ。
それなのになぜ既存の公爵家の婿養子となるのか、と。
ギルフォードを見るディードリッヒの視線が痛い。
「王家に最も近い公爵家でございますフィラディス家と共に……王家を支えたいのでございます。いつでも直ぐに駆けつけられますよう」
要訳すると実家から近いから——————————
「へえ?ご令嬢を想っていて……ではないのかい?」
ディードリッヒは肘かけに片腕をつきながら、にこやかにギルフォードに尋ねた。
「ご令嬢?さあ……見たことも聞いたこともありません」ギルフォードは真顔でそう言う。
「大変申し訳ないですが、愛のない結婚にはなるでしょうね。まあ、貴族ですからご令嬢も了承してくださるでしょう」と。
爽やかで聡明で、優しい第一王子と粗暴でゴツゴツとした第二王子。誰が見ても印象がいいのは第一王子のディードリッヒだ。女性はみな、ディードリッヒとの結婚を望んでいる。
ジョセフィーヌも自分との結婚は嫌だろう、とギルフォードは思っていた。
「はじめまして私、ジョセフィーヌ・フィラディスと申します。これから末永くよろしくお願いいたします」
公爵家の客間でペコリと頭を下げる彼女を見たギルフォードは思わず彼女に抱きつきたい衝動に駆られたが————
ギルフォードは辺りを伺う。
彼女にピッタリと寄り添う使用人、入口に立つ護衛。
はたまた自身の護衛と側近でさえも全て王家の息がかかっている可能性がある。
ギルフォードはジョセフィーヌが自分の大切なものだと——ディードリッヒにバレたくない。
だからギルフォードは腕を組み、ふんぞり返ると言った。
「なるほど……あなたがジョセフィーヌ・フィラディス嬢でらっしゃいますか」と。
ジョセフィーヌは静かに後ろをついてくる女性だった。
何も主張せず、ただ静かに。
ギルフォードは毎回彼女に会うたびに申し訳ない気分に苛まれていた。
しかしある日——彼女が倒れたと聞き、駆けつけた公爵家で「殿下が訪問してくださったのが嬉しくて……少し浮足立ってしまいました♡」とジョセフィーヌは言ったのだ。
ズッキューン!
ギルフォードはそこからもう我慢できなくなってきてしまった。ポロポロとジョセフィーヌへの愛がこぼれていく……
もう耐えられない……ギルフォードは夜会でコッソリとジョセフィーヌの腰を抱こうとした。——————その時「いたた……」自分の目の前で一人の令嬢が転んだ。ギルフォードは面倒事に巻き込まれたくなくて目を瞑る。
ハニートラップの可能性がある。
それからというもの…………
やけにベタベタとしてくるこの女、調べてみるとアイリス・ウィンズロー、男爵家の一人娘。しかし貴族の名簿に載っているのが5年前からだ。
(男爵の隠し子か?…………なぜ俺に接触してきた?)
ギルフォードは彼女は泳がせておくことにした。
——————————————
「しかし、それがこんなことになるとはな……あの時に殺しておくべきだったかもしれん」
「え?」
なんだかギルフォードが物騒なことを言ったような気がしてジョセフィーヌは目を丸くしてしまった。ギルフォードはむちゅっと頬をジョセフィーヌに寄せてキスをする。
「貴族名簿と使用人登録を遡り、辿っていくと君の使用人のミラに行き着いた」
「…………そうでしたか……」
…………ミラ、あなたは私を殺そうとしていたの……?
「俺は兄上が黒幕だと思っておるが……如何せん動機がわからんのだ。俺の大切なものが欲しくてもここまでするか?」
ギルフォードはあぐらをかきながら膝をもちもちと揺らした。
「…………なるほど」
「それに、兄上がジョセフィーヌに毒を盛る……そんなことをするのか……?俺はまだしもジョセフィーヌ、君は貴族だが国の民だ」
ギルフォードはポツリと言った。
底なしに邪悪な男だ、ディードリッヒは。
しかし彼は弟に嫌がらせをするが国民は大切にする男なのだ。
「妙だ……調べてみるか。兄上の他に一番怪しいのは男爵家だな……」
ギルフォードはすくっと立ち上がりジョセフィーヌに向かってもっちりと手を広げる。
「ギルフォード様、どうなさいました?」
「だっこしてくれ、男爵家まで行きたい」
「あら〜♡」
ジョセフィーヌはギルフォードを抱き上げるとギュッと抱きしめて頬を擦り寄せた。
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「でも何を調べますか?」
ジョセフィーヌはフード付きの上着を来てフードを被る。
「男爵家の金庫を調べたい。彼らは新興貴族だったか……」
「でもどうやって……?」
「俺を男爵家の敷地内に放り投げてくれ」
びったーん!!
「きゃー!ギルフォード様大丈夫でございますか!」
「う……大丈夫だ」
ジョセフィーヌによって地面に叩きつけられたギルフォードがゆっくりと立ち上がる。ジョセフィーヌは運動音痴だった。
「完璧なお前にも弱点があることを知り、俺は今興奮している」
「え?そんな……♡ギルフォード様ったら♡」
ジョセフィーヌの投法はオカマ投げオンリーだった。
ギルフォードはジョセフィーヌの手をぷっちりと握りながら天を仰ぐ。
「しかしどうしたらいいか……自然に男爵家に入り込む方法か……」
————————————
「男爵家までお願いします」
ジョセフィーヌはギルフォードを郵便で男爵家まで送ることにした。(ギルフォード様とお別れするのは寂しいですが……)ジョセフィーヌは目をウルウルさせる。
(心配するなジョセフィーヌ……必ず戻る)ギルフォードはぬいぐるみのまま、じっとジョセフィーヌを見つめ郵便籠に放り込まれた。
ガタゴトと揺られ、しばらくしてからギルフォードは無事に男爵家へと潜入を完了させた。
「お嬢様にかしら?」
メイドが配達人からギルフォードを受け取り、宛名を確認して首を傾げている。
「ちょっとー!こっち手伝ってくれる?」
「はいはーい!」
(…………)
郵便物の仕分け棚に置かれたギルフォードはしばし動きを止めて……無人になった頃合いを見計らうとよちよちと棚を降りた。
男爵家は元々商家だ。
メイドの数が多い。
ギルフォードは誰かが通るたびにコロリと床に横たわると、棚の上や椅子の上に座らされていた。
(く……有能なメイドたちよ……!)
男爵家のメイド教育は素晴らしくみな、床に転がったぬいぐるみを見て見ぬふりをしないようだ。
このままでは日が暮れる。
この先自分がどうなるかもわからないギルフォードは焦った。
その時————
チャッチャッチャ……と床に爪が当たる音がして犬が登場する。彼はニコニコと辺りを見渡してハァハァ舌を出していてご機嫌そうだ。
ギルフォードは——その目の前にコロリと落ちた。
犬は突然落ちてきたギルフォードを警戒したのか、クンクンと匂いを嗅ぐと床にバンバン胸を当てては立ち上がりながら周りをぐるぐる回るという奇行を繰り返している。
(くそ!怪しすぎるか!?)
ギルフォードがピクリと身を震わせると——犬はぬいぐるみをパクリとくわえた。ただ歓びと興奮を全身で表現していただけのようだ。
「……いいぞ、ナイスだ」
「!?」
ギルフォードの声に犬はピクリと耳を動かす。
「よし、行け!真っ直ぐだ」
ギルフォードの凛とした声に犬は走り出した。
(よーしよしよし!移動速度が上がったぞ!)
ギルフォードはゆらゆら揺られながら以前見た男爵家の設計図を思い浮かべる。
「ジャッキー!」
この犬はどうやらジャッキーというらしく、呼ばれた彼はぴょんぴょん飛び跳ねながら声のした方に行く。
そこには幼児が立っていて————ニコニコ笑いながらギルフォードを抱き上げた。
「ジャッキー、なにこれ?」
(……………………なるほど、ピンチだな)
コメント
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ああもう最高すぎました…!!ギルフォードのジョセフィーヌへの秘めた想いがじわじわ溢れ出してる感じ、ニヤニヤが止まらなかったです😭💕「ズッキューン!」ってあそこ、思わず声出ちゃった…!それにしてもぬいぐるみになって郵便で送られる展開、天才すぎるだろ…!犬のジャッキーとのやり取りも可愛くて、最後の「ピンチだな」で笑いましたw 次回が楽しみすぎる!!