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(ウリちゃんより重いってどんだけおデ……ふくよかなんだよ、こいつ!)
心の中の声とは言え、〝デブ〟だなんて心無い言葉を投げ掛けるのは失礼だと思った大葉は、寸でのところで〝ふくよか〟と訂正したのだけれど。
「あらあら。りっちゃんの彼氏さぁーん。毛皮っ子はおデブで重たいでしょー?」
ノソノソと家の奥の方から出てきた、羽理の母親・乃子よりもさらに年配の女性――恐らくは羽理の祖母か?――にアッサリと打ち消した言葉を告げられてしまった。
「あ、いや、別に重くは……」
ゴロゴロと自分に懐く毛皮を見下ろして、(重いと思ってすまん)と同情の念を禁じ得ない気持ちになってしまったのは仕方あるまい。
(ところで今……この人、羽理のことを〝りっちゃん〟って呼ばなかったか?)
普通なら母親のように、先にくる「う」の方を取って呼ぶはずだ。聞き間違いだろうか? それとも?
などと思っている大葉のすぐ横で、羽理が祖母へ抗議の声を上げる。
「もぉ、おばあちゃん! デブとか言ったら毛皮が傷付いちゃう! こんなでもれっきとしたレディなんだから!」
(いや、羽理よ。お前の言いようも大概失礼だと思うぞ?)
毛皮本猫がどう思っているかは定かではないが、「こんなでも」は立派に侮辱の言葉だ。そんなことを思っている大葉を置き去りに、荒木家の女性陣はどんどん会話を進めていってしまう。
「そうよ。おばあちゃんのせいで毛玉ちゃんだった名前が毛皮ちゃんとか変な名前になっただけでも悲しいのに、……ねぇ?」
羽理の言葉に続いて乃子にも非難されたおばあさんは、「やれやれ……」とつぶやきながら「さぁせっかく遠路はるばる来たんだ。思う存分お吸いなさいな」と、何も言わない大葉にターゲットを絞ったらしい。
自己紹介もないままに「さぁさぁ」と圧を掛けてくる。
(レディってことは……この猫、この風格で女の子だったのか!?)
(っていうか、毛玉って名前の方が毛皮よりしっくりくるぞ? 何でおばあさんに配慮して毛皮を採用した!?)
(いや、それより来訪の目的が猫吸いにされてないか!?)
もっふりした猫を腕に抱いたまま、大葉がそんなあれこれを目まぐるしく考えていることなんて、誰も知らないんだろう。
「そうよ、大葉。遠慮せず吸っちゃって?」
「そうですよ、屋久蓑さん。遠慮は不要です」
「りっちゃんに渡したら当分吸えんからの。さぁさぁ遠慮せんと」
羽理、乃子、おばあさん……と三人して詰め寄ってくる。
(玄関先で一体俺は何の強要をされてるんだ!?)
と思いながらも、大葉は言われるがまま、毛皮の額に鼻を寄せた。
スン、と嗅ぐと……。
(これは唾液のにおいだな……)
きっと、顔洗いの毛づくろいしたばかりだったんだろう。手をべろべろ舐めては顔を撫で回す猫の仕草を思い出しながらそんなことを思う。
人間、極限状態になると案外変な状況にも順応できるらしい。
手土産を手にしたビシッと決めたスーツ姿のまま、(きな臭い肉球のにおいの方が良かったな)とぼんやり考えた大葉だった。
***
初めての〝猫吸い〟のあと、荒木家の面々から期待に満ちた目で感想を求められた大葉は思ったままを率直に告げたのだが――。
「えー。それは大葉が鼻を付けた場所が悪いんですよぅ!」
羽理にぷんすかされて、腕の中の〝毛皮〟をスッと横取りされてしまう。
「あっ」
別に猫をモフモフするのが本来の目的ではなかったはずなのに、束の間とは言え腕に抱いた温かな重みを奪われたことに、大葉の口から図らずも抗議の声が漏れてしまった。
だが――。
コメント
1件
この家の人、みんな面白い(笑)