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芙月みひろ
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#虐げられヒロイン
翌日、麻耶は落ち着かず小走りで駅に向かった。昔の基樹とは違う違和感がぬぐえずどうしてこんなことになったのかわからず、胃がキリキリと痛んだ。
基樹にも何かあったのかもしれないが、麻耶はもう一度やり直すつもりもなかった。
夜22時過ぎ。街灯も少なくなってきた道を急いで走り、マンションが見えていたところで安堵してエントランスへと向かった。
「きゃ!」
少し歩くスピードを緩めて中に入ろうとしたところで、いきなり腕を掴まれて引き寄せられて麻耶は声を上げた。
「麻耶。どうして電話にでない?」
「基樹……どうして?どうしてこんなこと……」
抱きしめられるというよりは、後ろから羽交い絞めにされている様な感じで、麻耶は基樹の腕の中で身をよじった。
「俺には麻耶しかいないって気づいたんだよ。アイツは違ったんだよ」
「違ったって……どういう事?」
明らかに普通ではない基樹を、落ち着かせようと麻耶は息を吐くとゆっくりと問いかけた。
「付き合っていくうちに、他にも男がいるのが解って……人の物を取るのが趣味みたいな女で。麻耶と別れたらだんだん俺には興味がなくなったって……」
悔しそうに、唇を噛んで基樹は言うと、麻耶に回している腕に力を込めた。
「だから……だから、麻耶一緒に地元へ帰ろう?お前だって俺がいなくて寂しかっただろ?あの男は寂しさをごまかしていただけだろ?」
昨日の始の事を言っているのか、芳也の事を何か知っているのかわからず、麻耶は黙って俯いた。
「なんで何も言わないんだ?一緒に帰るよな?」
少し血走った瞳で麻耶を見る基樹に、麻耶は恐怖を感じながらも、小さく言葉を発した。
「帰れないよ。帰らないよ」
「また仕事か?お前はそんなに仕事が大事なのか!」
少し語気を荒げた基樹にビクリと麻耶は肩をすくめた。
「違うの。基樹……私たちはもうとっくに終わっているでしょ?基樹は私の事はもう好きじゃないでしょ?」
このままではいけないと、麻耶はそっと基樹の顔を見上げると「ね?」と声を掛けた。
「終わってなんかない!麻耶はまだ俺の事が好きなんだ」
何の根拠かわからない言い分に麻耶も声を荒げた。
「浮気したのは基樹でしょ?私はもう好きじゃない!」
はっきりと言い切った麻耶の言葉に、基樹は怒りに満ちた表情をした。
「じゃあ、力づくでも連れてかえる」
そう言うと、基樹は麻耶の腕を引いて歩き出そうとした。
「いや!基樹!止めて!」
「うるさい!」
どうにか逃げようとしてしゃがみ込んだ麻耶の目に眩しい車のヘッドライトの光が目に入った。
その眩しさに、基樹も一瞬麻耶を掴んでいた手が緩んだ。
その隙を見て、麻耶は基樹の腕を振り切ると咄嗟に走り出した。
「麻耶!!」
「水崎!こっちにこい!」
基樹の声と同時に、他の声が聞こえ麻耶は足を止めた。
(え……?)
車から降りてきたその人を見て、麻耶は逃げるのも忘れて立ちつくした。
後ろからまた基樹に腕を掴まれても動くことができずその人を見つめた。
「こっちへ来い」
その言葉と同時に基樹の腕から守るように肩を抱かれ、ギュっと抱きしめられた。
(うそ……どうして……)
ずっと聞きたくて、触れたくて、触れて欲しかった声と腕が麻耶を包んで涙が溢れた。
こんな緊迫した場面なのに、抱きしめられた腕が温かくてホッとして動けなかった。
「お前は誰だ!麻耶を離せ」
「それはできない」
静かに怒りを含んだ声に、基樹が息を呑むのがわかった。
「お前こそ、これ以上こいつに近づいたら次は容赦しない。今更だろ?お前は一度こいつを裏切った。都合がよすぎないか?」
その言葉に一瞬言葉に詰まった基樹だったが、鋭い視線を向ける。
「お前には関係ないだろ。部外者は入って来るな!麻耶こっちにこい!」
その言葉に、麻耶はゆっくりと基樹を見据えた。
「ごめんなさい。私はもうあなたの事を好きではないの。やりなおすことも、一緒に帰る事もできない」
はっきりと真っすぐに伝えた麻耶の言葉に、基樹は黙り込んでその場に項垂れた。
「行こう」
麻耶はその言葉に驚いて目を見開くと、腕を取られて車の助手席に乗せられた。
静まり返った車内でようやく麻耶は言葉を発した。
「芳也さん……どうして?」
車に乗り込んでからずっと黙っていた芳也に、たまらずに麻耶は声を掛けた。
「始から連絡を貰った」
「そうですか……」
先ほどまでの恐怖と、心配して始が連絡をしてくれたことへの感謝と、芳也へ迷惑を掛けてしまった事と、そして何より今、目の前に芳也がいる事に感情がついて行かず麻耶は涙がポロポロと頬を伝った。
その涙を見て芳也は急ブレーキを踏むと、路肩に車を駐車した。
静かに麻耶を見つめると、
「頼むから泣くな」
そう言うといつものように、優しく麻耶の涙を拭い麻耶の瞳を見つめた。
「だって……何が何だかわからなくて……」
嗚咽を漏らす麻耶を見て、芳也はそっと抱き寄せると麻耶の頭を優しく撫でた後懇願するように言葉を発した。
「水崎。俺の話を聞いてくれる?」
「え?」
その言葉に唖然として芳也を見上げると、芳也の瞳とぶつかった。
「嫌と言っても聞いてもらうから。家に帰ろう?」
そう言うと芳也は、麻耶の頬にそっと触れるとまた車を発進させた。
(どうしてそんなに優しくまた触れるの?)
混乱しすぎて、何も考えられないまま、麻耶はそっと芳也の運転する横顔を見た。
4ヶ月ぶりの芳也のマンションに、何がなんだかわからないまま麻耶は足を踏み入れると、久しぶりの夜景が広がっていた。
以前より生活感の感じられない部屋を麻耶は見渡し、どうしていいかわからずリビングの端に立っていた。
そんな麻耶を見て、芳也はキッチンからシャンディガフとビールを持って戻り、ソファに腰を下ろした。
「座って」
そう言われ芳也と少し距離を置いて座る麻耶を見て、芳也は苦笑した。
「元気だったか?」
静かに聞かれた芳也の言葉に、麻耶は少し苛立ちを覚えて、
「元気でしたよ」
ギュッと手を握りしめてそう言うと、グラスに口を付けた。
(元気なわけないじゃない……)
芳也が側にいることで胸が震え、涙が流れそうになるのをこらえると麻耶は夜景に目線を移した。
「もう俺の事は忘れた?」
ふざけているのか、真面目なのか分からない芳也の言葉に麻耶は、
「とっくに忘れてます。芳也さんの事なんて」
強気な態度で言葉を発してギュッと唇を噛んだ。
「俺は忘れていない。お前とここで過ごした事」
(なんでそんな事言うの?芳也さんはアイリさんと結婚するんでしょ?)
「ふざけないでください。助けてもらった事には感謝してます。でももう大丈夫です。帰ります」
(これ以上一緒にいたら、またもっと忘れられない……)
そう言って立ち上がった麻耶の手をギュッと芳也は引っ張ると、すっぽりと麻耶を自分の胸に押し込めた。
抱きしめられた腕が温かくて、芳也の甘い香りが麻耶に芳也の記憶を鮮明に思い出させた。
(なんで?どうして?なんで?)
その言葉だけが麻耶の頭の中をぐるぐると占拠していく。
まるで離さないと言っているように、強く抱きしめられ麻耶は身動きも取れず体を強張らせた。
そしてゆっくりと芳也の放った言葉に、麻耶は耳を疑った。
「嫌だ。帰さない。お前が俺の事を忘れたとしても、もう一度俺の方に振り向かせて見せる。本当のごめん」
抱きしめる腕に更に力がこもった。
(え?なんて言った?)
「何を言ってるんですか……?」
言われた言葉がわからずに、麻耶は呟くように聞き返しながら、暴れ出す鼓動を押さえることができなかった。
「だから、もう一度お前に好きになってもらえるように、俺は全力でお前を口説くよ」
はっきりと言われた言葉に麻耶は呆然と芳也を見上げた。
(口説く?口説くってなに?)
「アイリさんとの結婚は?」
「そんなものしない」
「お兄さんとの事は?」
「解決した」
「え?じゃあ、お兄さんと和解できたんですか?」
「ああ」
その言葉に、麻耶はポロポロと涙を流し、「よかった」と呟いた。
「本当にお前って……。俺があんなひどい事をしたのに、責めることもせずに俺の心配をするなんて……」
麻耶の首元に頭を埋めると芳也は吐き出すように言った。
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