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「おお、今日は刺身の醤油漬けか!」
「最初は死ぬ覚悟で食べていたが、
今はもう楽しみで……」
「鬼人族さん!
昨日食べさせてもらった、『たたき丼』は
次はいつ出るんだい?」
ウィンベル王国公都『ヤマト』―――
その冒険者ギルド支部の地下にある収容施設。
そこで罪人たちが、出された料理に舌鼓を
打っていた。
「まあ、いろいろ試してみてくれと言われて
いるので……
今のところは出されたものを食べてください」
料理を担当しているのは鬼人族であり、
公都に来てから三日後、特別に冷凍処理された
魚を解凍、それを自分たちの手法で里での料理を
再現、囚人たちに提供している。
「でも『たたき』というのは面白いですね」
「はんばーぐのようにミンチ状にして、
さらにネギと混ぜる、か。
これはシンさんの発案だが、鬼人族の里へ
持ち帰らねばな」
「ええ、こんな美味い食べ方があるなんて
思いもしませんでした」
彼らの里では刺身や生食は行われていたものの、
いわゆるネギトロ丼やたたき丼のような―――
魚の身をミンチにして食べるという方法は無く、
もともと生食が普通の彼らは、特別に冷凍処理
された魚以外のものでさっそく試食してみたの
だが、その味に驚き……
すっかり虜となった。
「それに、鬼人族以外でも生食が可能な方法が
あれば―――
外から来た旦那にも一緒に食べてもらえる
ようになるし」
「ああ、俺の嫁さんも外から来たけど……
生食の時だけ料理が別になっていたからなあ。
やっぱりありゃわびしいものだ。
これが成功すれば、一緒にどんな食事でも
楽しむ事が出来るようになる」
彼らは数が少なく……
外から配偶者を受け入れるのは珍しい事では
無かったが、
人間や獣人といった亜人には、生食、そして
寄生虫が有害である事は知っており―――
決して強制する事は無かったものの、
やはり家族として別々の料理を食べると
いうのは、仕方が無い事とはいえ問題と
とらえる向きもあり……
その解決につながる今回の実験は、鬼人族の
期待も高かったのである。
「里には氷魔法の使い手も何人かいたが、
今後は他の村々から出してもらう必要が
出て来るかもな」
一通り鬼人族同士で話が終わると……
彼らは次の食事の準備に入るため、厨房へと
戻っていった。
「という事になっているようだ」
「あー、確かに……
鬼人族の里には人間や亜人の方々も
いましたけど、それらの人は生食は
出来ないでしょうからね」
冒険者ギルドの支部長室で―――
筋肉質のアラフィフのこの部屋の主から、
私は実験の途中経過を聞いていた。
「そういえば昨日も宿屋『クラン』に
寄りましたッスけど……
お味噌汁の味とか香りとか、ガラッと
変わっていたッスね」
「あなたにわかるの? レイド」
「そ、そりゃバカにし過ぎッスよ、ミリア」
長身の褐色肌の青年と、丸眼鏡のショートボブの
女性が夫婦として言葉を交わす。
確かに、ツバキさんが来た時も出汁や
お米の炊き方に違いが出たし―――
今やちゃんとした鬼人族の料理人の指導が
入り始めたので、味の違いが出てきても
おかしくはない。
「俺も食ったが、ウドンやソバの汁が変わって
いたなあ。
何というか、ズッシリと重くなったような」
「本来はそちらの方が正しい『味』なんですよ。
私の場合は、素人が見よう見まねで何とか
再現しようとしただけなので」
鰹節も昆布も鬼人族の里からの持ち込みだし、
出汁は本格的なものが使えるようになった。
「でもアイツら、かば焼きや『たたき』って
やつは、初めて見たような顔してたぜ」
「先祖が数百年前にこの世界に来たと言って
ましたし……
おそらくその調理法がまだ出来る前だったんで
しょうね。
『たたき』なんかは実際、ここ100年以内の
料理でしょうし」
ジャンさんの疑問に答えながら、教えた時の
彼らの表情を思い出す。
「そういやシンさん。
ランドルフ帝国から連れて来た蛾の魔物は
どうなったッスか?」
「パック夫妻の病院に入院させていますが、
小康状態だそうです。
命に別状はありませんが、正気を失った状態で
魔力を使いまくっていたので、その疲労だと」
魔力エネルギーそのものは問題無かった
らしいのだが、使う体は酷使される。
そのため、まだ休養が必要との事だ。
「それより―――
あの布ゴーレムですか?
レムちゃんが乗っていた時は
驚きましたが……」
例の羽狐たちのいた山で捕まえた、
布を媒体としたゴーレムだが―――
(■190・はじめての おに参照)
同じゴーレムのレムちゃんを先頭に、
子供たちを乗せて公都内を飛び回っていたのだ。
まんま鬼○郎の一反木綿のように……
と言っても地面すれすれを、だけど。
「レムちゃんと同じく、パックさんと
シャンタルさんが改良というか、
家族のように扱っているみたいです」
「そんでなあ。
遠い地区から児童預かり所に通う子供たちの
ために、送迎してるんだよ。
中央区はともかく、川向こうの新規開拓地区や
亜人・人外専用居住地からだと、結構距離が
あるからなあ」
ミリアさんとジャンさんが、父娘のように続けて
説明してくれる。
なるほど、通学バスみたいなものか。
こっちはそこまで気が回っていなかったので、
それはありがたい。
「迎えに行く時は空を飛んで、子供たちを運ぶ
時だけ、地上すれすれを飛んで行くッス。
今じゃ公都の名物みたいになっているッスよ」
レイド君の言葉に、私を含め三人がうんうんと
うなずく。
「ああ、それと……
今年はあの『はろうぃん』ってヤツやるのか?
王都や各国からも問い合わせが来てるぞ?」
ギルド長の質問に、そういえばもうそんな季節
だったなあ、と思い出す。
地球なら十月くらいのイベントだが、こちらでは
十二月頭くらいに設定してしまったので―――
確かに準備し始めるのなら今頃なのだろう。
「あとドーン伯爵サマからも、アリス様の結婚、
それにレオニード侯爵家の結婚相談にも乗って
欲しいと手紙が来てたぜ」
「あー、確かアリス様は俺と同じ範囲索敵持ちの
あの子とッスか」
「レオニード侯爵家というと、シーガル様と
エリアナ・モルダン伯爵令嬢様とですよね。
あと結婚といえばカート君が、ラミア族の
ミナハさんと……
リーリエさんが魔狼の彼氏と……って、
こっちはまだ先かな」
ギルドメンバーが口々に語る中、私は苦笑し、
「えっと……
それ全部、私が関わらないとダメですかね?」
するとジャンさんが笑顔で、
「何言ってんだ。
全部お前さんが関わってきた結果じゃねーか。
ラミア族だって魔狼だって、シンがいなけりゃ
一生関わってないだろうぜ」
それを指摘されると弱いなあ。
シーガル様もエリアナ様も顔見知りだし―――
「まあ用があるんなら向こうから来るッスよ。
あちらもシンさんが忙しい身なのは知っている
でしょうし」
「カート君やリーリエさんならともかく、
貴族階級を呼びつける平民ってどうなんで
しょうか……」
レイド君の言葉に不安そうに返すが、
「何言っているんですか。
王族にも顔が利く『平民』なんて、
シンさんくらいですよ」
「あっちの帝国の『皇帝』だっけ?
その皇族の覚えもめでたいって聞いているぜ?
それで『平民』って言われても説得力ねぇよ」
ギルドメンバーの三人は笑い合い、対照的に
私は複雑な表情になる。
「……あれ?
そういえばカート君、リーリエさんの話は
あるのに、バン君は―――」
あの女性吸引機のような彼を慕って、
十人以上の女の子がついて行ったと聞いて
いるけど。
すると今度は三人の方が微妙な表情になり、
「今は……10人以上の女性冒険者がバン君の
故郷の村に常駐しているそうッス」
「だから合計20人以上ですかねー……」
レイド夫妻が眉間にシワを寄せて現状を語り、
「近頃は冒険者の実入りもいいし、生活自体に
問題はねぇんだけどなぁ」
ジャンさんがガシガシと頭をかきながら、
遠い目をする。
何というか……強く生きてくれバン君。
微妙な空気を残したまま、私は支部長室を
後にした。
「あ、土蜘蛛さん」
『ガッコウ』にて、アラクネのラウラさんと
一緒に糸の精製に従事する、土蜘蛛さんを
たずねる。
「おおー、シンさんか。
えーと糸出していればいいんだっけ?」
そこで白装束の、全身が一応人間である
和風美人と、
「あ、シンさん。
彼女連れて来てくれてありがとう。
糸の質は違うけど、今までアタイ一人で
やっていたからね。
すごく助かっているよ」
赤茶色の髪をした、気の強そうな目と太い眉の
二十代の女性が答える。
もっとも、こちらは下半身が蜘蛛だけど。
「お疲れ様です。
それはそうと、質が違うというのは?」
「アタイの糸はホラ、一度熱湯につけないと
加工出来なかったけど……
彼女の糸は普通に切れるのよ」
ラウラさんの糸は、通常ではミスリル製の
ハサミでも切れない強度であり、
『武器特化魔法』の使い手である
ジャンさんが、ようやく切れるという
シロモノだった。
「ああ、なるほど。
でもそれだと強度が問題になりませんか?」
「用途が違うから大丈夫じゃないかな?
アタイの糸は今、魔力通信用にいくらあっても
足りない状態だし。
土蜘蛛の糸は衣類向けって使い分けが出来て
いるから」
そういえばランドルフ帝国でも、アラクネの
糸はその用途で需要が急増しているんだっけか。
「てゆーかさあ。
ラウラさんの糸が頑丈過ぎるんであって、
アタイの糸も束ねれば、そうそう簡単に
破れたりしないんだからね。
それこそ鬼人族でも無けりゃ―――」
土蜘蛛さんが半ば呆れながら話す。
「しかし……
人間の姿のままでも糸は出せるんですね?」
「んー、まあどっちでも出せるよ。
それに人間の姿の方がいいっしょ。
いろいろと。
お風呂とか食事とか―――
あ! あとあの厠!
ワタシもうアレ無しじゃ生きていけない
体になっているから」
(■※厠=昔のトイレの事)
何というか土蜘蛛さんが残念美人全開だ。
普通にしていれば清楚な美人さんなんだけどな。
「あれかぁ~。
確かにアレを知ったらもう元には戻れないわ。
アタイも魔物用のトイレ使わせてもらって
いるけど……
ホント文明っていうのを思い知らされたわよ」
アラクネの女性は上半身で腕組しながら
うなずく。
今はラミア族を始め、格種族に合わせたトイレや
お風呂も作ってあるし。
そういえば鬼人族用のものも手配しなければ、
と思っていると、
「ラウラさん、土蜘蛛さん。
次の糸お願いしまーす!」
そこに製糸担当の職員たちが入って来て、
「おっ、もう休憩終わりか」
「そんじゃまた、ひと働きしてきますか」
半人半蜘蛛、そして白装束の女性は指示に従い、
作業に戻っていった。
「う~ん」
「う~む」
「ピュ~……」
それからややあって―――
同じく『ガッコウ』の調理実習において、
出来上がったそれを前に家族は困惑していた。
「シン~、これで本当に合っているの?」
アジアンチックな童顔の妻が不安そうに聞いて
来るが、
「いや、私も作るの初めてなので……」
「時々とんでもない『ハズレ』を作る事が
あるからのう、シンは」
「ピュウ」
モデルのようなプロポーションを持つ、
ドラゴンの方の妻も……
子供と共にその茶色い物体を見つめる。
ランドルフ帝国から入手した、『カカオ』らしき
実を使い、チョコレートを再現しようとして
みたのだが、やはり素人仕事であり―――
作り方も、以前どこかの動画サイトでドングリを
チョコレートにしてみようというのを見た事が
あり、その手順でやってみたのだが、
出来上がったのは……
茶色っぽい固形物であった。
「油も砂糖も結構使ったし、甘いとは思うん
だけどねぇ」
「何とも不思議な見た目だが―――
まあ、飴と思えばいいかのう」
「ピュピュウ~」
周囲を見渡すと、同じように作った料理人たちも
やや困ったような表情をしていて、
「まあ一応出来上がったわけですし……
取り敢えず味見してみますね」
言い出しっぺは私なので、そこは責任が
あるだろう。
意を決してそのチョコレートらしき物体を
口に含むと、妻二人も続き、
「……あれ?
何か普通に美味しいんですけど?」
「固いと思っておったが、すぐに口の中で
溶け出してくる。
まるで早く溶ける飴じゃ」
「ピュー!」
ラッチも食べたのか、大きく喜びの声を上げる。
そんな家族の反応を見て、周囲も口に入れ始め、
「あ……!」
「す、すごいですよコレ!
飴ともジャムともクッキーとも違う
感触です!」
「少しほろ苦くて、くどくない甘さに
なっています!」
他の人たちの反応を見てホッとする。
良かった、見た目はともかく味はちゃんと
チョコレートになっていたようだ。
「じゃあ土精霊様に頼んで、さっそく
栽培してもらおうか」
その後、果樹&各種野菜エリアにいた土精霊様、
それに他の氷精霊様や風精霊様にも食べて
もらったところ、
彼らもいたく気に入り―――
カカオの増産が決定したのであった。
「いいなコレ。チビたちも喜ぶだろう」
翌日、差し入れ用に作ったチョコレートを
ギルド支部に持ち込むと、まずギルド長が
感想を述べ、
「ちょっと苦くて甘い……
また不思議なものを作ったッスね」
「シンさんが新しくお菓子を作ったとは
聞きましたけど―――
これは超・超大当たりですよぉ~!」
レイド君、そしてミリアさんが特にその味を
絶賛する。
「ただ、まだ未完成ではありますけどね。
本当は黒くなるはずなんですよ。
なので王都にレシピを送って、そこの
専門機関でさらに完成度を高めてもらう
予定です」
ふむふむ、と三人はうなずく。
王都でも、私の知識を元にいろいろと
再現しようという機関が、王家直属で
立ち上げられており……
こちらで作るだけではなく、向こうでも
試作や改善が行われるようになっていた。
「で、児童預かり所へ持って行く分はここに」
まだ数が確保出来ず、小さい一口チョコのような
サイズで百個ほどだが、全員に行き渡るであろう
量を一応持って来た。
もちろん、ギルド長のためである。
「おう、悪いないつもいつも。
あ、そういえば王都から手紙が来ていたな」
「へ? いつ来たッスか?」
知らなかったのか、レイド君が聞き返すと、
「ついさっきだ。
ちょうど手紙を開ける前にシンが来たからよ」
そう言ってジャンさんは封を切ろうとし、
「い、いやいいんですか?
私の目の前で」
「機密中の機密のオメーが何言ってんだ。
それとお前さんに関係あるかも知れないだろ。
また呼びに行くのも二度手間だからな」
事もなげにギルド長は返し、
「えーと、どれどれ……ん?
大至急、シンを王都へ?
ラファーガ……あのドワーフが
関わってんのか?」
自分もその文面に目を通すと―――
どうもラファーガさん関係で何かあったらしい。
大至急相談したき事あり、とも書いてあるので、
緊急の事態なのは間違いないだろう。
「えっ、じゃあもう迎えのワイバーンが
来ているとか」
「いや? そんな様子は無かったな。
これ持って来たヤツはまたすぐ王都に
戻って行ったし。
多分、手紙の内容までは知らなかったん
だろうけどよ」
となると王都行きの手配はどうするか……
アルテリーゼに乗って直接行ってもいい
ものか、などと考えていると、
「じゃあ俺は児童預かり所へ行ってくるから。
シンはちょっと王都へ飛んでくれ」
「うわぁ、軽ぅい」
ジャンさんの言葉に思わず私が返すと、
「いやー、だってシンさんが行けばたいてい
解決するッスからねえ」
「それに本当に緊急事態でしたら、
お迎えごと来ているはずです。
なので、それほど差し迫った事態では
無いんじゃないでしょうか」
のんびりとレイド夫妻も飲み物に口を付ける。
「そういうこった。
じゃ、後は頼んだぜ」
そう言ってギルド長が出て行った後、
私はため息をつき―――
アルテリーゼを探しにギルド支部を後にした。
「あ、シンさん」
「お久しぶりですー」
小一時間ほど後、私はメル・アルテリーゼ・
ラッチと共に王都・フォルロワの冒険者ギルド
本部へと来ていた。
一応、緊急事態と見た私は家族と共に、
公都『ヤマト』の『ゲート』を使用。
王宮内の他にもこの本部地下に『ゲート』は
設置されており、
そこを通じて受付に行くと、あの秘書風の
二人―――
サシャさんとジェレミエルさんが対応して
くれた。
「ギルド長……
ライさん、いますか?」
その問いに、腰まで伸びた金髪の童顔の女性は
首を左右に振り、
「ちょっと外出しておりまして……」
という事は、ライさんも王宮に行っている可能性が
高いな。
自分に緊急呼び出しがあったくらいだし、
彼も呼び出されていてもおかしくは無い。
「じゃあ、ラッチ預かってくれる?」
「我々はちと王宮に用があって」
と、メルの後のアルテリーゼの言葉が終わるのを
待たずに、
「はいお任せください!!」
「あ! ちょっと抜け駆けは許しませんよ!!」
眼鏡をかけたミドルショートの黒髪の女性が
ラッチを受け取ると、光の速さで奥へ消え去り、
それをサシャさんが追いかけ、私たちの前の
受付は無人となり―――
慌てて他の受付嬢がやって来る。
「あ、ええと……
じゃあ、ラッチをお願いしますね」
「は、はい。承りました」
交代した女性とあいさつを交わすと、私たちは
王宮へと向かう事にした。
「おうシン、来たか」
王宮で手紙を見せると、王家の紋章が封にあった
からか、急いで先を通され―――
応接室であろう一室で、グレーの短髪に
白髪が混じりのアラフォーの男性……
前国王の兄が気さくに話しかけてきた。
「ライオネル様。
至急相談したい事があると聞きましたが。
何があったのですか?」
「いやそんな固い話し方はしないでいい。
人払いもしてあるしよ。
ちょっと鬼人族の事でな」
いつものようにラフな会話を要求され、
「じゃあ、ライさんで―――
それで相談というのは、鬼人族の事ですか?
あれ? でもラファーガさんも絡んでいると
手紙にはあったのですが」
そこで彼は飲み物に口をつけ、
「正確には、鬼人族が献上した鉱石についてだ。
あれ、お前さんは知っていたのか?」
そういえば鬼人族は鉱山を持っていて、
その鉱石をライオネル王家に献上したとは
聞いていたけど。
「知っていたって……
普通の鉱石じゃなかったという事ですか?」
私の言葉に、ライさんはふぅ、と一息ついて、
「『ヒヒイロカネ』とか言っていたが」
思わず私は、口に含んでいた飲み物を吹き出す。
「ど、どーしたの、シン」
「そんなに珍しい鉱石だったのか?」
何とか呼吸を落ち着かせた後、改めて
ライさんに向かい、
「私の国では伝説上の鉱石ですよ。
実在したんですか?」
「だからそれについて聞きたかったんだよ。
そうか、シンの知識にあったのか。
それを教えてくれ」
そこで『ヒヒイロカネ』について―――
私は知る限りの情報を教えた。
基本的にはおとぎ話のような存在である事。
少なくとも現在では確認されていない事。
日本では三種の神器にも使用され、極めて
希少で金剛石よりも硬く……
また永久不変であり、生きた金属とも言われ
熱伝導率が高いとも。
「ふぅむ。
そりゃ確かにおとぎ話のような金属だな」
「存在の度合いで言えば、ミスリルに匹敵
するでしょうね。
少なくとも私の常識の範囲内では、
『存在しない』物質です」
私とライさんの会話はいったん一段落し、
「相談したい事ってそれだったの?」
「大至急とか言うから……
もっと異常な事態でも起きていると
思っていたがの」
メルとアルテリーゼが拍子抜けしたように語る。
「いや、まあ―――それはそれで合ってる」
「と言いますと?」
ライさんの言葉に私が聞き返すと、
「そいつぁ、見てもらった方が早い。
ラファーガのじいさんがちとやらかしてな」
「そういえば、手紙には彼に関わる事だと
書いてありましたけど」
ラファーガさんはドワーフの鍛冶師。
珍しい鉱石や金属と見れば、関わらない方が
不自然だろう。
しかし、やらかしたというのは何だろう。
『ヒヒイロカネ』といえど鬼人族の里では普通に
扱われていただろうし……
それがラファーガさんの手に負えない、とは
思えないのだけど。
ともかく私たちは現場を見せてもらう事にし、
ラファーガさんの仕事場へと足を運んだ。
「おう、ライオネルの小僧。
やっとシンを連れて来たか」
身長一三十~四十くらいの、ブラウンの髪と
立派なヒゲを持ったドワーフ―――
ラファーガさんが出迎える。
「本来なら公都から王都まで一週間くらいは
かかるんだぜ?
今日中に連れて来た事に感謝してもらいたい
くらいだ」
「感謝なら解決した後にいくらでも
してやるわい。
シン、取り敢えずこっちを見てくれんか」
王族の彼の言う事などどこ吹く風と……
ドワーフは仕事場の奥へと向かう。
そしてその部屋の中央では、
「うは、何アレ?」
「生きておる、のか?」
周囲に見た事も無い魔導具が張り巡らされ、
その中央の台座の上―――
そこに、ウネウネと動く光り輝く物質があった。
「な、何ですかコレは?」
「このジジイ……
勝手にミスリルと『ヒヒイロカネ』の合金を
作ろうとしやがってな。
不規則な動きに加え魔力が膨大。
それで、魔力吸収と『抵抗魔法』効果のある
魔導具で、一時的に封印したんだ」
私の問いにライさんが苦々しく語り、
「ドワーフとしてあれだけの鉱石を見せられ、
試さずにいる方がおかしいわい!
自ら魔力を帯び、さらにミスリルより加工が
容易なのだぞ!?
鍛冶師としてこんなに胸躍る事は、ここ
100年は無かったわ!」
「ならちゃんと作れよ!
ありゃどう考えても失敗作というか、
この世にあってはならない動きしている
だろうが!!」
「初めて扱う金属なのだぞ!?
そりゃ失敗の1つや2つするわい!」
口喧嘩を始める二人を取り敢えずなだめ、
「ええと、とにかく状況を聞きたいのですが……
ミスリルと『ヒヒイロカネ』を混ぜたら、
あんな具合になったと?」
そこで二人は私の方へ振り向き、
「今はまだいい方だ。
もっと暴れ回っていたからな、アレ」
「王族なんだろ?
魔導具くらいケチケチするな。
それより今は、アレをどうやって
加工するかだ」
「いや無効化するためにシンを呼んだんだよ。
こんなモン、王都で放置出来るか」
「何ぃ!?
おい、魔力を無効化するのは止めてくれ!
この『ヒヒイロカネ』は最初から周囲の
魔力をため込んで生成されたのか、独自の
魔力を持っておるのだ!
それが無かったらただの加工しやすい
ミスリルと変わらん!」
「だから今はそんな事言っている場合じゃ
ねぇんだよジジイ!!」
「何じゃとお!?
小僧なんぞにワシの鍛冶師としての矜持が
わかってたまるかあぁああ!!」
また口喧嘩が再開したところで、ライさんを
アルテリーゼが、ラファーガさんをメルが
引き離して、
「何とかならんのか? シン」
「条件設定して―――
魔力はそのままにしておくとか」
妻二人からも提案され、私は考える。
要は魔力そのままで、不規則な動きを封じれば
いいわけで……
変形する金属や合金が無いわけじゃないけど、
(形状記憶合金とか)
少なくとも目の前で、しかも常温でうねうね動く
金属は私の常識にない。
私は一歩前へ出てその物体に近付くと、
「常温で、決められた動きではなく―――
まるで生き物のように動く……
そのような金属・合金など
・・・・・
あり得ない」
するとあれだけ不規則に動いていた金属は
その動きを止め、
すかさずラファーガさんが突進し、
「あ! おいこらジジイ!!」
「お、おおお……!!
『ヒヒイロカネ』の魔力はそのままじゃ!!
小僧、これならいいんじゃろ!?
もうこやつは動かんぞ!!」
目をキラキラさせながら少年のように
はしゃぐドワーフを見て、ライさんは
一息つき、
「はあ……
ほどほどにしてくれよ、じいさん。
シンもすまないな。
後で礼を渡すから―――」
こうして『ヒヒイロカネ』騒動は、
一応の解決を見たのだった。