テラーノベル
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日が落ちた校舎の外を、遼と陽斗は並んで歩いていた。
無言の時間が続く。だが、それは気まずい沈黙ではなかった。風が吹けば遼の髪が揺れ、陽斗はそれを横目で見ていた。
「さっきの曲……新しく作ったやつ?」
陽斗がふと尋ねると、遼は「うん」と短く答えた。
「なんか、前より明るかった気がした。」
その言葉に、遼はほんの少しだけ驚いた表情を見せた。
「……わかったの?」
「うん。音の感じが、ちょっと違った。前より、あたたかかった。」
「……たぶん、お前のせい。」
陽斗は思わず立ち止まり、遼の顔を見た。
「え?」
「前は……人に聴かせるためじゃなくて、自分のためだけに弾いてた。お前が、変えた。」
遼の横顔は、どこか照れくさそうだった。けれど、その言葉は真っ直ぐで、陽斗の胸にしっかり届いた。
「……そっか。じゃあ、俺も“ちょっとくらい”役に立ってる?」
「……“ちょっとくらい”じゃないかも。」
言葉が終わると、ふたりはまた歩き出した。空には星がにじみ始めていた。
⸻
数日後。
陽斗は、サッカー部の練習を終えた後も汗だくのまま音楽室へ向かった。扉を開けると、遼はピアノの前ではなく、窓際の席で空を眺めていた。
「……今日、弾いてないの?」
「……弾けない。」
陽斗は、違和感を感じてそっと声をかける。
「何か、あった?」
遼は答えない。だがその手が、かすかに震えているのが見えた。
「昔……発表会でミスをして。それが、親父にバレて……」
言葉が途切れた。陽斗は一歩近づく。
「ピアノをやらされてただけだった。ずっと、“できること”が褒められるだけで、俺が何を思ってるかなんて、誰も気にしなかった。」
「……それで、弾けなくなった?」
「違う。お前が、音を“好き”って言ってくれたから……逆に怖くなった。もう失いたくないって、初めて思ったから。」
遼の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
陽斗はその手を、そっと握った。
「だったら俺がずっと、お前の一番の“観客”でい続ける。失わせないよ。……絶対に。」
遼はその言葉に目を見開いたまま、しばらく何も言わなかった。けれど、やがてその目に宿った光が、ほんの少しだけ強くなった。
⸻
ふたりの心は、静かに重なり始める。けれど、この“揺れるリズム”の先に待つのは、ただの幸福だけではなかった――。
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