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小出さんが忘れてきた靴下を回収しに行ったわけなんだけど、ブースの中にポツーンとあったそれを見て思った。なんというか、めちゃくちゃシュールだなって。
と、まあ。それはさて置き。
僕は着込んでいたダウンジャケットの内ポケットを確認。うん、大丈夫。ちゃんとある。さっきのどさくさに紛れて失くしちゃってたら僕は泣く!
「どうしたの園川くん?」
「あ、ううん、なんでもないよ。それで小出さん。他に行きたい所はある?」
三時間パックで入店したからちょっと予定が狂っちゃったと思ってたけど、幸か不幸か、一時間くらいで出てきたのでまだまだ時間はある。腕時計を見てみたわけだけど、時間はまだ午後二時をすぎたところだった。
「うーん、特にはないかな。あ! でも、そ、園川くんが良ければ……」
「うん、大丈夫。なんでも言ってみて」
「え、えーと……い、一緒に映画が観たいかなあ、なんて……」
ちょっとビックリ。どうしてかと言うと、僕が考えてたデートプランと全く同じだったから。クリスマスデートといえばやっぱりそれも定番のひとつだもんね。
「じゃあ早速、ネットで先に予約を取っちゃおうか」
「あ、ちょっと待ってね園川くん」
肩から下げてた小さなポーチから、小出さんは『それ』を取り出したわけだけど、僕、驚愕。だってさ――。
「そ、それって、前に話してたやつ……だよね?」
「うん! いつでも観られるように持ち歩いてたの!」
「そ、そうなんだ……」
小出さんが取り出したるそれは紙の束だったんだけど……ええ!!?
「『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』の前売り券なの!」
いつものように、小出さんの目にはお星様がキラキラ。やっぱり好きなことになると一直線だね。で、でも……。
「え、えーと……こ、小出さん、確かあの時に言ってた時は確か十枚だったよね? 買い足すとは言ってたけど……ちなみに今、何枚持ってるの?」
「あ、はい。えーっと……さ、三十枚、かな」
さ、三十枚ですかそうですか……。 さすがは小出さん。好きなことに対してはすさまじい熱量。
「ご、ごめんね小出さん。三十回は観られないかも……」
「ううん、大丈夫。残りは今度一人で全部観に行くから」
一人でとは言ってるけど、今日二枚使ったとしても、残りは後二十八枚なわけで。それ、めちゃくちゃ労力を使うんじゃないかな……。
――よし! 決めた!
「小出さん! その時は僕も一緒に観に行くよ!」
「え!? ほ、本当!? 本当にいいの園川くん!!」
「だってさ、さすがに残り二十八回も一人で観に行ってたら時間かかりすぎちゃうでしょ? 手伝わせてよ! それに映画って確か二週間くらいで上映終わっちゃうんじゃなかったっけ?」
「あ、ありがとう。でもね、まだ当分上映するみたい。ロングラン上映になったから。だから、たぶんあと一ヶ月は大丈夫なの」
「そうなんだ。良かった、安心したよ」
「あ、で、でも……」
小出さん、急にモジモジ。そしてそわそわ。も、もしかして……。
「だ、だから、あと十枚は買い足そうかなって……」
「そ、そっか……」
僕の決意、ちょっと崩れちゃいそう。
うん、これは上映終了までの一ヶ月間、『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』の映像が脳内から離れないかも。
頭の中がオッサンだらけになっちゃうよ!
* * *
あれから、僕と小出さんは電車に乗って隣街まで移動。そして映画館――シネマコンプレックスへとやって来た。いわゆるシネコンってやつ。複合映画館と言った方が分かりやすいかな。
「すごいね、やっぱりクリスマスってこんなに映画館に来る人が多いんだね」
「うん、私はよくこの映画館に観に来てるんだけど、ここまで混んでるって思わなかった。でも、良かった。『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』が一番大きなスクリーンで」
「まあロングラン上映だったら当然かもね」
基本的に、シネコンでは上映される映画が人気だったら一番大きなスクリーンで上映されるようになっている。って、当たり前か。だって、大きなスクリーンってことは、それだけ多くの人達が観られるように座席数が多いわけで。
「予約が取れて本当に良かったよね」
「うん、良かった。この他の回、全部埋まっちゃってたし」
そう。危うく予約が取れないところだったんだ。でもこの時間帯だけ運良くまだ三席空いていて。しかも、ちょうど隣同士だったから運が良かったとしか言いようがない。バラバラの席で観ても意味ないもん。一番後方で一番端っこの席だけど。
だけど、普通だったら僕達が予約を取れた端っこって、何かしらのトラブル的なことがあった時のために空けておくんだけど。お客さんを一人でも増やしたいから開放したのかな? それくらい人気作ってことになるんだけど。
『異世界葉っぱオッサン』、あなどり難し。
「じゃあ小出さん。まだ時間あるから飲み物とか買いに行こうか」
* * *
『ただいまより、一番スクリーン『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』の入場を開始致します』チケットをお持ちのお客様は――』
「あ、小出さん!」
「うん。行こう、園川くん」
そんなアナウンスが流れたところで、僕と小出さんは入場口へと向かった。に、しても……あのアナウンスしてる女の子、こんなに長いタイトルを覚えられたね。何度もタイトルを見ている僕でさえ、たまに間違えちゃうのに。それに、最近は面倒くさいから『異世界葉っぱオッサン』って略してるけど。
ちなみに。
購入した飲み物だったりは、僕がコーラ。小出さんはオレンジジュース。あと、二人で食べられるようにLサイズのキャラメルポップコーンも。
夢が……僕が長年夢見てきたことがついに実現するんだ! ひとつの大きなポップコーンを二人して一緒に食べる。やっぱりカップルって言ったらこれだよね。
って、いやいやいや! 僕達はまだカップルなんかじゃないじゃん! 付き合ってないじゃん! ヘタレな僕が原因なんだけどね。
(でも――)
チラリと横目で小出さんを見た。意識してくれてたりするのかなあって。
と、思ってたら。小出さん、両手を合わせて絶賛お祈り中。あれ? どうしたんだろう? という僕の疑問はこの後すぐに解消されるのであった。
場内に入る際、僕は店員さんから封をされた一枚の『何か』を手渡された。あー、なるほど。これが小出さんが言ってたグッズだったんだ。
「お、お願いします……。どうか、どうかレア……レアカードでありますように」
渾身の祈りをしながらそんなことを呟く小出さん。邪魔しちゃ悪いかなあ、なんて思ったけど、とりあえず質問。
「ねえ小出さん。このグッズって何なの?」
「うん。これ、トレーディングカードなの。全部で十二種類あるんだけど、その中にレアカードが一枚あって」
「あー、そうだったんだ。だから前売り券を何枚も買ってたんだ」
「そうなの! どうしても、そのレアカードが欲しいの! コンプリートしたいの! だからお祈りしてたの!」
小出さんの目がキラキラ輝いてる。でも本当にすごいよ。僕は今までこんなにも何かにハマッたこともないし、こだわったこともなくて。だからこそ、僕は小出さんのことを密かに尊敬している。絶対に言わないけど。
そして小出さんはというと。そのグッズ――トレーディングカードの封を開けている最中だった。で、残念そうに肩をガクリと落としてしまったのである。
「だ、ダメでした……」
小出さんの手には、『異世界葉っぱオッサン』の中に出てくるモブキャラのカード。ありゃりゃ、残念。
「やっぱり、そう簡単にはいかないよね。でも大丈夫! 僕がもらった中にそのレアカードが入ってるかもしれないから! ちょっと待っててね」
「う、うん。お、お願いします……」
というわけで。僕もさっきまでの小出さんよろしく、両手を合わせてお祈り。それからグッズの封を開けた。出てきたのは――
「お、同じやつ……だね、これ」
中に入ってたのは、小出さんのやつと全く同じモブキャラのカードだった。それを見て小出さん、肩を落とすだけじゃなくて膝から崩れ落ちちゃった。一目もはばからず。
「だ、ダブっちゃいました……」
「そ、そうだね。ごめんね引いてあげられなくて。残念だったね」
「……前売り券、もっと買い足そう(ボソッ)」
い、今、聞こえてはいけない言葉が耳に入ってきたんですけど……。
僕は一体、この映画を何回観に行くことになるのかな。
うん。考えるのはやめておこうっと。