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#料理男子
「君のお兄さんが離れた大学に行くから一人暮らしをすることになって、俺も家庭教師を辞める日。君の家で最後に皆でご飯を食べた時だ」
「嘘……」
確か、父に『一矢は一人暮らしを許すが、お前は家から通える範囲の学校にしなさい』と言われて、大学に悩んでいた時だ。
それ自体に不満はなかったが、親に言われたとおりにするのも、自主性がないよね、と自分で色々調べて決めようとしていた。親に相談できないけど、先生に相談すれば親に報告されるし、と悩んでいたら喬一さんが気づいてくれた。
喬一さんが近辺の大学のパンフレットやオープンキャンパスを調べてくれて、そして『本当に行きたいなら、一人暮らしも希望していいんだよ』と相談に乗ってくれて心強かった。
喬一さんが、私にまで優しくしてくれて感動して憧れていたのははっきり覚えている。
けど、水玉の紫のお弁当箱。
確かお父さんと喬一さん、お母さんもワインを飲んで、兄が先に寝落ちしてソファに突っ伏して――。
「もしかして、おばあちゃんの筑前煮とか漬物を入れた?」
「あたり」
彼は、長い指で慈しむようにお弁当箱を撫でた。
「あの時、実家がごたついていてね。姉が長子なのに俺を跡継ぎにしたいと騒ぐ親戚が煩わしくて。姉が、自分で認めてもらうから俺に心配しなくていいと頑張っている背中を見て何もできないのが歯がゆくて」
「そんな……全然わからなかった。喬一さん、いつも優しかったから気づきませんでした」
「はは。家のごたごたを、高校生だった君に心配させる男なんて情けないだろ」
大変だったのに私の進学の相談にも親身に乗ってくれていたんだ。
自分のことばかりで、全然喬一さんの苦労に気づかなかった当時の自分を殴りたい。
「それで君の家でご飯を食べるとこが多くなって、で、君の家の野菜が美味しいって俺が言ったのを覚えていた君が、帰りにこの中に野菜のおかずを沢山つめてくれたんだ」
母も寝て、父が分かるはずもなく、タッパがどこにあるか見つけきれなくて、買ったばかりのお弁当箱を洗って拭いて、急いで詰めた気がする。
買ったばかりの新しいお弁当箱なんで、返さなくて大丈夫です、と言った。
それは相談に乗ってもらったお礼のつもりだったし、お弁当箱も単に友達と行って偶々安くて買っただけ。逆に安く買った品物を大切に使ってもらっていたなんて申し訳ない。
思い出に残ることもないただ、単に見返りも何も求めずにした行為だ。
それを喬一さんが覚えていたなんて驚いてしまった。
「そうか。覚えていなかったか。そうか」
はあ、と悲し気にため息をついて首を振る喬一さんに、急いで駆け寄った。
「ちが、違うんですよ、私、相談に乗ってもらって感謝していたし自分の行動より、貴方のことに夢中で」
「ふうん?」
「眼鏡の奥の目が優しくて、でも見つめられたら恥ずかしくていつも視線はテーブルだったし。お弁当だって、喜んでくれるかなって気持ちじゃなくて、その……感謝というか、その」
「うんうん」
言いながら、彼がわざと悲し気な表情をしていたのだと気づく。
だって今、私のしどろもどろな言葉を声を押し殺して笑っているんだもの。
じりじりと近づいてくる距離に逃げようと思ったのに、先に腕を捕まえられた。
「……近い、ですがっ」
「わざとだけどね」
引き寄せられ座っている彼の足の上に座らされた。
この体制はどうなの。恥ずかしくて死んでしまいそう。
「君の行動すべてが、可愛いなって食べちゃいなって思うほど好きだ」
「ひい」
「なんだよ、ひいって」
ククッと笑いながら、私の頬を撫でた。
彼から見て、きっと私は茹でタコになていたはずだ。
なのに、愛し気に触ってくるので、息を吸うのも忘れて彼の表情に見とれてしまう。
「なので、俺の作ったお味噌汁を毎日飲んで」
「逆!」
あははと彼が笑う。楽しそう。
いつも優し気で頼れる兄のような、憧れていた彼が、子どもっぽく笑っている。
「だってその通りだろ?」
「う……」
「因みに甘いものはあまり得意じゃないから、デザートは作るのが苦手」
「……はい?」
なぜデザートの話?
出してくれたご飯だけでお腹いっぱいになるので、デザートはいらない。
デザートももらうなんて贅沢な話だ。
「だからデザートは、紗矢をもらおうかなって」
「ぎ、ぎゃあああっ」
「なんだ、ぎゃあって」
甘い。デザートなんていらない。甘すぎる。
思わず耳を塞ぎたくなるような甘い言葉に、全身が心臓のように高鳴っているのが分かる。
「喬一さんの言葉を毎日聞いていたら、子豚になってしまいそう」
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