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#料理男子
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「抱き心地は悪くないけどもう少し太ってもいいと思うよ」
何を言っても、甘い言葉で返ってくる。私はこの食事が終わるころ、出荷できるぐらいの子豚になっているはずだ。
「それより、デザートの意味、分かってる?」
腰を引き寄せられ、その触り方がいつもと違うので私は頷く。
口の中が乾いて、内側が歯にくっつく。情けないぐらい動揺しているし緊張している。
でもその何倍もこの甘さに、期待して酔っている。
「喬一さんのご飯をまずは、全部食べてからです」
「だね」
「それと……私は全部初めてなので、その」
「ああ。任せて」
額に口づけが落とされた。
優しく甘く、彼はどこまでも私を甘やかす。
こんなに甘やかされ子豚にされ、出荷されるのは彼に食べられるためだとしたら、幸せなのかもしれない。
「それで、俺の作った味噌汁を毎日飲んでくれるの?」
「毎日飲みたいです。お願いしますっ」
こんなに胸がドキドキする相手はきっと私の前に現れるはずがない。
観念するしかないので私はそう頷く。
食事を終え、食器を洗う、洗わないの攻防に負けて、お風呂掃除でもしようかとうろうろしていた時だった。
近くで救急車のサイレンが立て続けに聞えてきた。
一台、二台、数えてみると合計三台。
近くで事故でもあったのかなと、カーテンの隙間から外を見る。
それと同時に、喬一さんの携帯が鳴った。
近づいてくる救急車のサイレンと、電話を取った喬一さんの眉間の皺が深くなるのはほぼ同時だった。
「ああ。分かった。すぐ行く」
短い声と共に、エプロンを脱いで椅子に置くとジャケットを取った。
「悪い。すぐそこの交差点でバス同士が接触事故を起こしたらしい」
「ええ。大丈夫なんですか?」
「けが人がうちにも数人運ばれてくるから、今日は泊まってっていいから」
「泊まるって何も用意してきてないですから、帰ります」
玄関まで着いていくけど、救急車が病院の前で止まるのが分かる。
点滅している光が、壁の向こうからも見えていた。
「日色先生に貰った紙袋があるだろ。それの中に色々入っている。じゃあ、行ってきます」
「……いってらっしゃい」
名残惜しそうな顔で微笑んでから、彼は病院の方へ向かう。
紙袋を覗くと、化粧落としとか化粧水とかメイク関係のものが全部用意してあった。
自分ではわからないから日色先生にお願いして用意したに違いない。
彼は最初から私をデザートにする予定だったのだと、この中身で分かった。
あんな優しくて甘い笑顔に流されるところだったが、やっぱり彼は強かだ。
デザートにするって言ったくせに、仕事の顔に戻ると格好いいから何も言えなかったし。
「あー……悔しいっ」
私だけ彼に転がされている気がする。
経験値が違う。年齢が違う。生き方が違う。
この先、私は彼に甘やかされて、駄目な子豚になってしまいそうだ。
それが悔しくて、お風呂も洗ってギリギリまで彼を待っていた。
それでも朝、出勤時間になっても彼は帰ってこなかったので私はすごすご家を出た。
私が病院の前を通り駅に向かうとき、また救急車がロータリーに入って行っていた。
今、病院の中で彼は怪我人の手術をしているのかもしれない。
一人だけお花畑のように浮かれていた私は、頬を叩くと改札口に吸い込まれていく人々に交じった。