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(よくわからないけど、ドライブしてる……高柳部長と)
平和だった1週間を終えようとしていたはずが、まさかの自体に陥っている。
流れる景色を目で追う余裕もなく、真衣香は太ももの上でギュッとスカートを掴んでいた。
「今更ですが、ご予定は問題ありませんでしたか?」
本当に、今更な質問をされたのだが緊張のあまり薄い反応しか返せない。
「だ、大丈夫です」
「そうですか、それはよかった。明日は休日ですし、ゆっくりできますね」
「……え?」
(だ、誰とですか?)
まさか、高柳とだなんて言うまい。
胸の中に浮かんだ少々恐ろしい疑問を思わず声にしてしまいそうになったが、音楽も流れていない静かな車内に鳴り響いた無機質な着信音により難を逃れた。
高柳は耳もとに手をやり、イヤホンに触れた後、会話を始めた。
「遅かったな」
そう言って応答した高柳の耳元から、わずかに漏れ聞こえる声。誰のものか判別できないけれど、もちろん営業部の誰かなのだろう。
「ああ、その書類は戻ってすぐに承認するから。小野原さんには早く帰ってもらってくれ、お前に付き合わせるな」
『小野原さん』と確かに高柳は言った。
真衣香は無意識に耳を澄ませてしまう。だって、小野原を足止めする営業部の人間なんて限られているではないか。
「ああ、それよりもクリスマスの陳列は全店舗話つけてきたんだろうな?ハロウィンで任された棚を、クリスマスでは持っていかれるなんて、お前の怠慢でしかない」
高柳の眉がぴくりと動く。
「あと1店舗まわりきれてない? バカを言うな、今日中に終わらせろ。どの店もこの時期、遅い時間帯の方が捕まりやすいだろう、担当者は」
真衣香に対する声は、やはり随分と優しいものだったのかもしれない。
エアコンが効き始め暖まり始めた車内の空気が、再びヒンヤリと冷たさを帯びたような気がした。
「とりあえずこのままだと先月の予測を下回るだろう、取り戻せてから次は連絡してきなさい。そうしたら俺も会社に戻ろう、立花さんとのドライブデートを切り上げてな」
高柳が、そう声にした途端だ。
『ドライブデート!?』
と、耳元から声が漏れて聞こえてきた。と、言うよりもほぼ普通に聞こえた。
『立花とって……またですか!何やってくれてるんですか部長!ダメですって!』
苛立ちながらも、どこか楽しそうに高柳は返す。
「声が大きい。また、と言うなら同じような手を何度も使わせないでくれ。俺にも一応ほんの少し良心はあるんだ」
次の声は、ボリュームダウンしたのか。何となくしか聞き取れなかったけれど、電話の相手は確実に坪井だ。
「いい連絡を待ってる、立花さんと一緒にな」
言い終わると、まだ聞こえてくる声を無視して、高柳は一方的に通話を終えた。
そして満足げに口元に笑みを作って、チラリと真衣香に視線を向けた。
「と、言うことで申し訳ありません、立花さん。もう少し俺と過ごしていてもらえますか?」
「い、今のは……その、坪井くんですか?」
聞くまでもないが、一応問いかけてみると。
「そうです」と小さく頷いて、すぐに視線を前に戻されてしまった。
「あのバカはもう少し、弱点を持ってしまったことを自覚するべきだと思いまして」
続けて放った言葉。表情こそよく見えないが、声はとても優しく響いて、真衣香の耳に届いた。
しかし、それは真衣香への感情を乗せた声ではない。
「高柳部長は、坪井くんのことが好きなんですね」
真衣香の言葉を聞いて、高柳はクスッと小さな笑い声を上げる。
「いや、言葉にされると気持ちが悪いものですね。まあ、否定はしません、何となく息子に似ているので。どうも構いすぎてしまって」
「そうですか、息子さんに……って、ええ!?む、息子さん、ですか!?」
今日一番大きな声を出した。
そんな真衣香の反応に、高柳はもう一度小さな笑い声を響かせる。
「意外でしょうか? 20になる息子がいます、飄々とした生意気具合がそっくりで」
「は、はたち!?え、た、高柳部長は……」
おいくつでしたか?が、なかなか声にならないでいると高柳は自ら答えた。