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第10話:鉄公爵
黒く細い繊維の塵と化したバンチャーの残骸を背に、アランが振り返った。
人間の形状へと無理やり抑え込んだ右腕は、今も火傷しそうなほどの超高熱を放ち、皮膚の裏で黒金色の繊維がキリキリと不気味な軋み音を立てるが、アランは気にしない。
アランは激しい疲労と、心の奥から湧き上がる悍ましい飢餓感を必死に抑え込みながら、冷たい瞳で一人の女性を見つめる。
カトリーヌが装甲を施された独自のボルト銃――蒸気機関ボルト銃から手を離す。
過熱した銃身から立ち上る白い蒸気の向こう、彼女は煤に汚れた顔で、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「……やったじゃないか。アンタ、なかなかの根気だよ。そういえば自己紹介が遅れたね。私は――」
カトリーヌが次の言葉を紡ごうとした直後。
地鳴りのような、地面を削る重々しい音と振動が響き渡った。
朱い霧の向こうから、薄らと、しかし圧倒的な威容を持って、新たな蒸気鉄車が姿を現す。
それは、先ほど大破した車両の倍はあろうかという超大型の指揮鉄車であり、何重もの鋼鉄プレートを張り巡らせた「動く要塞」だった。
王立防衛軍の最高指揮官のみに搭乗が許されたその旗艦の名は、『アイアン・デューク(鉄公爵)号』。
複数の排気筒から、狂ったような黒煙と白い蒸気が激しく噴き出している。
プシュゥゥゥ……!!
空気圧を逃がす凄まじい制動音とともにアイアン・デューク号が停止し、分厚いハッチが開く。
周囲の兵士たちが一斉に直立不動の姿勢をとる中、中から一人の老兵がゆっくりと降り立ってきた。
その姿を見たアランの目が、微かに見開く。
老兵の左腕があるべき場所には、精巧な義肢などではなく、ただの武骨な「鉄の棒」が強引に括り付けられていた。
歩くたびにその鉄の棒が軍服のボタンと擦れ、カチリ、カチリと冷酷な音を立てる。
彼こそが「鉄の外套」のリーダー――アーサー・ウェルズリー准将だ。
准将の鋭い隻眼が、アランの右腕の「黒金色」を捉えた瞬間、アイアン・デューク号から降りてきた護衛の兵士たちが一斉に色めき立つ。
「変異種だッ!」「汚染者が紛れ込んでいるぞ!」「規律に従い、即座に処刑を――!」
ガチャガチャと無数の銃口がアランへと向けられる。「一滴の血まで人間であれ」を掲げる彼らにとって、アランの異形は弁解の余地なき「不潔な汚染」でしかない。
「待ちな、お前たち! 銃を下げな!」
その銃口の前に自らの身体を投げ出すようにして割り込んだのは、カトリーヌだ。
彼女は火傷を負った腕を広げ、アランを背中に隠すようにして兵士たちを鋭く睨みつける。
「カトリーヌ准佐、何を考えている! そいつは『怪物』だぞ! 組織の規律を忘れたか!」
兵士が怒号を浴びせるが、カトリーヌは一歩も引かない。
「忘れるわけないだろう! だが、この小僧はそこの巨人の残骸から、私や部下たちの命を救ってくれたんだ! 異形を宿していようが、この小僧には感謝してる。規律を盾に、恩人を後ろから撃つような真似、この私が絶対に許さないよ!」
カトリーヌの毅然とした叫びが、張り詰めた空気を震わせる。
背中で彼女の言葉を聞いていたアランは、困惑に目を見張った。自分を「人間」として扱い、命懸けで庇う人間など、初めてだったからだ。
カチリ、カチリと、鉄の棒が鳴る歩法が近づいてくる。
ウェルズリー准将がアランの真ん前で足を止め、その隻眼の奥に、深い嫌悪と過去の因縁の光を宿してアランを見下ろす。
「……その黒金色の条線、そして異形の腕。間違いないな。カトリーヌ、お前が庇っているその餓鬼が何者か分かっているのか」
准将は括り付けられた左腕の鉄の棒を、アランの鼻先に冷酷に突き付けた。
「貴様の右腕は――あの人類最大の罪人、エドワード・ヒューストンの『罪』そのものだ」
「……あの男の罪? 勝手に言ってろ」
アランは突きつけられた鉄の棒を冷たい瞳で見つめ返し、地を這うような低い声で吐き捨てた。その瞳の奥には、美少年の面影を焼き尽くすほどの、暗く激しい憎悪の炎が宿っている。
「あいつは俺の父親でも何でもない。……俺は、あの男を殺す。それだけだ」
コメント
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いやあ、めちゃくちゃ熱い展開でしたね……! カトリーヌが煙と煤の中で「やったじゃないか」と笑うところ、もうゾクゾクしました。あのタイミングで自己紹介を挟もうとする肝の据わり方、めっちゃかっこいいです。そして「鉄公爵」の登場——あの圧倒的な威容と、鉄の棒を括りつけられた老兵・ウェルズリー准将の隻眼の重みが、もう一気に物語を引き締めましたね。 何より心に刺さったのは、カトリーヌが「規律を盾に恩人を撃つな」と叫びながらアランを背中に隠す場面です。ここで初めてアランが「自分を人間扱いして庇う者」に出会ったという一文、本当に効きました。この世界の人間と異形の境界線が、一人の女性の叫びで揺らぎ始めた——そういう感触が丁寧に描かれていて、とても惹かれます。 続き、どうなるんでしょう……首を長くして待ってます!