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「坪井くん、ダメだよ」
突然聞こえた声の方へ振り返った形の坪井と目が合った。
真衣香と認識したからか、徐々に大きく見開かれてゆく瞳が驚きを伝える。
「え……」
ポカンとした声の後、真衣香の目の前まで駆け寄る。
「え、 どーしたの、何で? 聞いてたの立花」
「……ご、ごめん、忘れ物して」
「忘れ物……って、あ。 もしかしてこれ?」
坪井がデスクの上に置かれたダンボールから受取書を取り出した。
それを真衣香に差し出す。 いつも通りの朗らかな笑顔で。
「あ、ありがと……」
「ん。 で? ダメって何? どうしたの?」
受け取り際に耳元で囁かれた声。
渡そうとしてくれていた用紙は、坪井が指先に力を込めている為ピンと張りつめたままだ。
はぐらかしてしまおうかとも思った。 なぜなら、坪井の声に少し刺を感じたから。
けれど、それでは何の為にこの場で声を発したというのか。
少しカサついた唇をひと舐めして真衣香は口を開く。
「だ、誰も口を挟めない勢いで話しちゃダメだよ、そんなのミーティングじゃないしハタから見たら坪井くんが一方的に責め立ててるように見えるよ」
「は?」
真衣香にしては早口で言い切ると、坪井が短く疑問を返す。
声が明らかに苛立っている。
(ど、ど、どうしよう……。怒らせてる)
心の中では嫌われてしまうかもしれない恐怖、怒らせてしまうかもしれない恐怖。
どちらもが大きく叫びを上げているのに。
「お、小野原さんは確かに坪井くんや他の二課の人たちに迷惑をかけたのかもしれないけど……それを、その。 何の疑問にも思わず仕事を受けた私だって責められるべきだし」
「責められたじゃん。高柳部長に。 だったら同じかそれ以上に小野原さんは責められるべきでしょ」
坪井は眉間にシワを寄せて答えた。
(坪井くん、こんな顔するんだ)
なぜか冷静にそんなことを考えた。
どこかでストッパーでも外れてしまったのか?
思いの外スラスラと言葉が出てきてしまう。
「高柳部長は上司なの。横暴だとか部下がどう感じるかとかは置いといて、でも詰め寄って怒ってもいい立場なの!」
真衣香が大きな声を出すと、困ったように……いや、呆れたようにだろうか?
片眉を下げ、鼻で笑い首を傾げる仕草を見せながら言った。
「お前どうしたの? ちょっと落ち着きなって」
落ち着いてるよ、とは決して言えないかもしれないパニックの中で真衣香は更に声を張ってしまう。
「坪井くんと小野原さんは同じ課内で一緒に仕事する同僚でしょ、先輩後輩で仲間! だったらきちんと相手の声を聞かなきゃ、それこそ仕事にならなくなるよ!」
言い終わって、深く息を吸い込むと冷静さを取り戻す。
取り戻すと見たのは、呆気にとられたように口をあけ真衣香を見る坪井。
その坪井の指先から力が抜けて、ヒラヒラと本来の目的のものであった引取書が落ちていく。