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「――じゃあ、アナタたちはあの後、――結局、あの人に捕まったって事?」
(あの人には、この子たちを見逃すように頼んだはずだったけど……、――力だけじゃなく正義感も強そうだったし……、流石に見逃せなかったのかしら……)
法雨がそんな事を考えていると、京が慌てたようにして言った。
― Drop.006『 The HIEROPHANT:U〈Ⅲ〉』―
「――あっ、ち、違います! ――捕まったとかじゃなくて……。――あの後、店長サンにしてた事がバレたから、俺たち、この先どうしたらいいかって混乱してたんです。――でも、そんな時、ちょうど街中で雷さんに声かけられて……、自分なら助けになれるかもしれないからって言われて……」
京の話からして、あの後、あの男――雷は、何かしらの要素から、京たちに特別な事情がある事を察したのだろう。
だからこそ、雷はきっと、そのように声をかけたのだ。
「それで、俺たち、もうあの時には完全にワケ分かんなくなっちまってたんで、雷さんのその言葉で力が抜けたって言うか……。――情けないっすけど、全員で、助けてくださいって頼んだんです……」
京の話に因れば、そんな彼らはその後、雷に、自分たちの体質の事や、それまでの事を全て正直に話したのだそうだ。
そして、そんな彼らに対し、雷はずっと、優しく頷きながら、話を聞いてくれたのだという。
「――そう……。――じゃあ、その過程で、アナタたちの薬抗体質の事も分かったって事なのね……」
「――はい……。――それで、雷さんには、――もし、また店長サンに会う事があって、説明できる機会を貰えたら、その時には、しっかり謝って、自分たちの体質の事もちゃんと話すようにって言われてたんです……」
ただ、そんな雷からは、その際の忠告もあり、――気分を害させてしまうかもしれないから、説明の際には、“法雨から助けを拒まれている”自分の名前は出さない方が良い――、とも言われていたらしい。
だが、残念ながら――、彼らはあまりそういったやりくりが上手くなかったため、結局は、法雨に雷の名を出す事になってしまい、現状に至る――というわけであった。
「――例え、説明して理解して貰えなくても、謝って、その上で獣性異常の事も、薬抗体質の事もちゃんと話して、説明した方が良いって」
「――なるほど……。――そういう事だったのね……」
「――俺ら……、店長サンに声かけちまったあの日までは、なんとか酒だけでやってきてたんですけど、――やっぱ限界もあって……、――でも、こんな体質だから、怖がられたり、それこそ警察に突き出されるかもしれないから、恋人も作れないし……、――そういう店も、トラブルになるかもしれないから、正直、行きたくなくて……」
彼らの云う“そういう店”――とは、代金を支払って性的欲求を解消させてくれる類の店の事だろう。
だが、そのような店であっても、獣性異常の客はそもそも入店禁止にしている場合もあるため、彼らが、その手の店を避けるのも、トラブルを恐れるのも、無理はない話だ。
「――それで……、一か八かで、アタシを選んでみたわけね……」
京は、そんな法雨の言葉に、反省するようにして頷いた。
そんな京に因れば、彼らにとって、法雨は、バーで見かけただけとは云え、随分と魅力的に見えたらしい。
「――でも、店長サンに声かけたのは、酒と、色々溜まってた勢いだったっていうか……、――最初はどうせ上手くいかないと思ってたんです……。――きっと、全員で囲んだって、拒否されておしまいだろう、って……。――でも……、店長サンは抵抗どころか、拒否もしなかった……。――それで、ついに抑えがきかなくなっちまったんです。――こんなの、ただの言い訳ですけど、――これまでずっと、ずっと我慢してきたから……、――だから……、その分、余計抑えらんなくて……」
「――そう……」
そんな京の言葉を受け、法雨は、彼らの“理由”を、優しく受け取る事にした。
長きにわたる飢餓の果て――、至高の味だが食せば罰されるとされてきた果実が目の前に転がり落ちてきたならば、手を伸ばしたくならないわけがない。
しかも、欲望に耐え切れず、初めてその果実を手に取って齧ってしまった時――、罰されるはずだった行為が誰にも見られずに済み、それゆえに罰されずにも済んでしまったのだ。
罰されない術がある事を――、彼らは知ってしまったのだ。
だからこそ、彼らはついに、その次も、その次の次も、果実を食す事を踏み止まれなくなった。
「――頭では、こんな事したらダメだって分かってたんです……。――でも、耐えられなかった……。――しかも、店長サンは、それからもずっと、何回も、俺らの事を受け入れてくれた……。――だから、俺ら……、そんな店長サンに依存して、甘えちまってたんです……」
久々に味わったその快楽は、彼らの脳を麻痺させるには十分な劇薬であっただろう。
もしかすれば、法雨を貪り終える度、彼らもまた、大きな後悔に抱かれていたのかもしれない。
だが、その後悔による苦痛すらも歯止めにならないほど、その快楽の中毒性は強かった――。
「――でも、雷さんに声かけてもらってからは、頼れる人が出来て気持ちも楽になったし、――自分らに合う抑制剤も処方してもらえるようになったり、発症時の対処法とか、この体質との付き合い方とか、色々教えてもらったんです。――だから」
京はそこで言葉を区切ると、まっすぐに法雨を見据え、――続けた。
「――もう二度と、あんな事はしません。――信じられなかったら、信じなくていいです。――俺たちがした事は、それほどの事だって事は自覚してますから。――ただ……、信じてもらえなくてもいいんで、――どうか、謝らせてください」
そんな京の言葉を機に、周りの仲間たちも腰を上げ、法雨にその身を向けると、群れのリーダーと共に姿勢を正した。
そして、京が、
「店長サン……。――あんな酷い事をして、本当にすみませんでした」
と言い、頭を下げると、そんなリーダーに倣い、若いオオカミたちは皆、それぞれに謝罪を口にし、揃って頭を下げた。
「――え、あぁ……、ええと……」
法雨は、その突然の流れに動揺したが、何かしらの言葉で応じなければと急いで思考を巡らせる。
だが、そんな法雨の言葉を待たず、京はさらに続けた。
「――それと、散々酷い事をしたのに、それでも、俺らの事を考えてくれて、――本当に有難うございました」
「――……え?」
必死に言葉を探し回っていた中、さらに意図の理解できない礼まで告げられた法雨は、思わず疑問の意を示す。
すると、京は、苦笑するようにして言った。
「――これは、“言わなくていい”って、雷さんに言われてたんですけど……、――でも、雷さんの事も全部言っちまったんで……。――その、雷さんから聞いたんです。――俺らが口止めなんかしなくても、店長サンはそもそも、俺たちの事を警察に言う気なんてなかったって。――それで、雷さん言ってたんです。――多分、法雨さんは、バーの従業員のためだけじゃなく、俺らの事も考えて、黙って受け入れてくれてたんだろうって……、――だから」
「――ちょ……、ちょっと待って。――それは、違うわ……!」
さらに紡がれた京の言葉に、法雨はようやっと言葉を紡ぐ事ができた。
「――別に、警察に連絡しなかったのは、アタシが面倒くさかったから。――ただ、それだけよ……! ――アナタたちのためなんて、そんな大層な理由じゃない」
確かに、何故だか彼らを“ただの悪”とは思えず、それゆえに警察に突き出す気になれなかったのは、事実だ。
もしかすると、倉庫での交わりの中、法雨への接し方や彼らの様子から、彼らに“悪らしい悪”を感じなかったがゆえに、法雨はそう思ったのかもしれない。
だが、いずれにしても、あの密会を通じ、法雨自身も――求められる事に満足感を得ていたのも事実だ。
だからこそ、法雨は、そんな己の行いを、そのような綺麗事として受け取ってほしくなかったのだ。
「――いい? アタシはね、一晩だけの関係だろうが、愛情なんてない欲まみれの関係だろうが、満足できればなんだっていいって思ってるの。――それに、アナタたちは別に、アタシに暴力を振るったりしなかったし、痛めつけようともしなかった。――だから、今回の事だって、無理やりさせられたとも思ってない。――警察に言わなかったのは、警察を頼るほどの事じゃないから。それだけ。――それと、勘違いしてるようだから言っておくけど、アタシ、アナタたちが思うような、おキレイな身じゃないから」
法雨は、彼らが抱く自身への幻想をなんとしても否定すべく、有無を言わせぬようわざと多くの言葉を連ねたが――、そんな法雨の言葉を聞き終えるなり、京は、法雨を見据え、また苦笑しながら言った。
「――いや……、店長サンは綺麗ですよ……。見た目だけじゃなく、中身も……。――なんつぅか、俺がこんな事言うの変ですけど……、――店長サンが綺麗だったから、あんあ馬鹿な事して、歯止めまできかなくなっちまったんだと思います……」
法雨はそれに、また大いに納得がいかなかったが、反論を上手く組み立てられなかったため、小さく溜め息をついては不満げに視線を逸らす事で異議を申し立てた。
もちろん、自身の外見に加え内面まで、綺麗だ――などと褒められる事が、嬉しくないわけではない。
だが、今回ばかりは、その称賛を喜んで受け取る気にはなれなかった。
「――理解できないし……、とっても不可解な感性だと思うわ……」
そして、なんとか言葉でも異議を唱えたかった法雨は、顔を背けたまま、それだけを不満げに言った。
そんな法雨の様子に、眉根を寄せ小さく笑うと、京は言った。
「――あの……、店長サン」
「――……何?」
その場に、心なしか穏やかな雰囲気が流れ始めた中、相変わらず顔を背けたままツンツンと拗ねた対応する法雨に、京が遠慮がちに続ける。
「――その……、俺らは……、――店長サンのバーに……、また、行っても……いいですか……」
「………………」
それに、微かに目を見開いた法雨は、しばし沈黙を挟んでから、ゆっくりと若いオオカミたちに顔を向けると、全員の心の内を伺うように目を細め、一人一人にじっくりと視線を巡らせていった。
「――も、もちろん、あんな事は二度と」
「――えぇ。いいわよ」
そんな法雨の視線に耐えきれず、京が弁明を紡ごうとすると、法雨はそれを遮り、満足げな表情を浮かべて続けた。
「――“店に来ていいか”、ですって? ――そんなの、尋くまでもないハナシね。――だって、アタシのお店は、お代を頂いてお客様をおもてなしするためにある場所なのよ? ――お客様じゃない犯罪者もどきはお断りだけど、――お客様として、って事なら、――“いい”に決まってるでしょ」
その法雨の言葉に、若いオオカミたちは顔を見合わせると、徐々に表情を緩ませてゆく。
そしてその中――、法雨に対し、京が改めて礼を告げると、それに続き、仲間たちも礼を告げ――、その後――、またひとつ、揃って頭を下げたのであった。
Next → Drop.007『 The MOON:U〈Ⅰ〉』
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