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僕は悪になるつもりなんてなかったんだ。君たちと分かり合える未来が来ると信じていた。でも、それはもう叶わない。時間が経つにつれ、君たちとの間にできた溝は深くなっていく。いつも反芻してるよ。あの頃に戻れたらいいのにって。傷口が痛いのは俺だって同じだよ。俺の言葉は何も軽くないよ。


そう現実に叫ぶが、俺の魂の叫びはこだまして返ってくる。誰もいない空間に放り出され、閉じ込められている。これが人生の美学なのではないか、と思い、辛い現実に心酔することもあった。でも、まだ運命を信じてるよ。君たちと出会ったあの現実は偽りじゃないから。


「はじまり」

病室のベッドに横になっていた。カーテンに遮られ、外は見えない。バイト帰り、バイクを走らせて事故に遭った。医師には経過を観察して退院の頃合いを決めましょう、と常套句を言われた。本棚もなく、暇をしていた。時折、患者のお爺さんの笑い声が聞こえる。

病室の窓から向かいの薬局を見る。赤い夕陽に照らされ、まるでそれは幻想的な光景だった。

薬局の前を通り過ぎる女の子。ここではAとしよう。Aは俺の中学時代の同級生だった。そして女友達だった。中学卒業後、彼女はここらでは有名なスポーツ校に推薦で入った。俺は、進学しなかった。経済的な余裕がなかったし、俺は進学する気がなかったのだ。

ポニーテールの彼女を見ると、昔を思い出す。俺は過去に執着するタイプではないが、あの頃に戻りたいと思うこともあった。

携帯が振動する。先輩からだ。

「もしもし、〇〇です。」

「おう。お前の連れに△△ってのいただろ?あれが持ち逃げしたから、ケジメつけさせるぞ。退院したら、探すの手伝え。」

「了解です。」

「うい。」

△△は俺が昔可愛がってた舎弟だ。これまでも金を借りて行方をくらますことが度々あった。今回は族の金を持ち逃げしたのか…。多分先輩たちに捕まったら生きては帰れないだろう。ごめんな、△△。俺は静かに泣いた。


退院して、先輩から呼び出された場所に向かうと、先輩たちはミニバンに乗って待っていた。ミニバンは俺を後部座席に乗せると、発車した。先輩が助手席の男に確認する。

「公園だな?」

「はい」

やがて公園にミニバンは公園の前の駐車場に停まった。助手席の男が車から降り、公園に向かう。暫く経ってから、2人の男がミニバンへと向かってきた。連れてこられた△△は最初はミニバンに気づいていなかったが、ミニバンの存在に気づくと顔が強張った。だが、もう一人の男に腕をがっしり掴まれているため、逃げることはできない。そのまま、△△はミニバンの後部座席、正確には俺の隣に乗せられた。

先輩が口を開く。

「何で長い間飛んでたんや。なあ。積立金がなくなったんやけど、お前がやったんちゃうか。」

△△がひどく震えているのを、隣にいる俺は感じ取っていた。

「何とか言えや。」

「すみません、競馬の金が足りなくて手をつけました。」

先輩は前を向いたままだが、口の口角が上がった。

「回れるとこ回れや。金を返さないなら生きて帰れないぞ。」

△△の動悸が間近で伝わってくる。車は発車した。△△はその後、ATMなど各所を周り、先輩たちに取り囲まれながら現金を下ろした。

△△が周りを気にしている様子が際立った。

そして、3カ所から帰ってきて、ミニバンに乗ったところで、それまで怯えながら黙っていた△△が掠れ声で言った。

「すみません、もうこれ以上は返せないです。」

「ん?」

先輩が△△の方を笑顔で振り返る。暫く沈黙が続いた。その間も△△は先輩と目を合わせられなかった。とうとう 先輩が口を開いた。

「お前、俺らが族だってことは知ってるよなぁ。じゃあ、積立金がどういう所から来てるかも知ってるよなぁ。」

先輩が淡々と喋る。

「あとの10万、どうやって返すんや。」

△△が掠れ声で答える。

「は、働いて返します。」

「そんなんまかり通るわけないやろ。俺言ったよな、今日返さんのなら生きて帰れないかもしれないって。」

△△は涙を流していた。俺がこっそり背中をさする。△△の背中は震えていた。

「なあ、お前、海と山どっちが好きなんだ?」

先輩の質問が表の意味での質問ではないことはすぐにわかった。埋められるか、沈められるか、と言う意味だろう。

△△は答える。

「どちらも行きたくないです。」

「ああ!?」

俺はすぐに目を背ける。その直後にものすごい衝撃音がした。先輩は声を荒げて、何かを捲し立てるように喋った。

とうとう△△が話す。

「海です。」

先輩がニヤリと笑う。

「よっしゃ。」

ミニバンは発車した。そして、海の眺めが良い橋のところまで来て停まった。先輩が後部座席に周り、△△を無理やり車から下ろす。そして、隣にいた俺の方を振り返り、

「お前も来いや。」

と意味深な笑顔を向けて言った。先輩は欄干に△△を立たせた。△△は泣いていた。時折、「母ちゃん」と言う声が聞こえた。

先輩が俺に目をやり、

「わかるよな。」

と言った。押せ、と言う意味だ。その瞬間、俺の頭には走馬灯のように△△との思い出が流れた。

△△は街でも有名な不良だった。繁華街で暴れ、誰も手のつけようがなかった。困ったバーの店長に頼まれたのが中卒の俺だ。俺と店長はは暴走族の絡みで知り合った。俺は△△が仲間と溜まっている場所に行った。△△は俺を見るなり、睨みつけ、

「なんだよ」

と声を荒げた。俺と△△は対峙し、俺はすかさず△△に大外狩りをかけた。△△は音を立てて、地面に倒れた。△△はすぐに体制を立て直し、俺に向かってくる。俺はサッとよけ、△△を背後から羽交締めにし、耳元に拳銃を突きつけ、

「喧嘩で一番大事なことは、自分の弱さを認めることだ。」

と静かにいった。△△は悔しそうな顔をして、涙を滲ませた。俺は△△の家庭環境が荒れていて、彼が病弱な母の看病や買い出しをしている優しい奴だということは事前に知っていた。△△は恵まれなかったのだ。

俺が羽交締めを止めると、△△は倒れた。

俺は△△に言った。

「お前は母親想いの優しい奴なんだよな。…なあ、俺の舎弟にならないか?」

△△が涙で充血した目で俺を見る。彼に初めて勝ったのは俺だった。

その日から、△△は俺の弟分になった。

俺が風邪で寝込んでいたときも、日用品を家まで持ってきてくれたし、俺が冬に集金に行った時も、自分のと俺の2人分のココアを持ってきてくれた。

そしてあの会話が一番印象に残っている。

「△△、お前、兄弟はいないんか?」

「居るには居たんですけど、中学校に入る前に街の奴にボコられて逝ったんですよね。」

俺は言葉に詰まった。

「聞いて悪かった。」

「大丈夫っすよ。でも、弟の気持ちがわかった気がします。俺が〇〇さんに可愛がられて嬉しいように、弟も俺からの愛情を求めてたのかもしれない。だったら、もっと大切にすれば良かった。兄ちゃんとして不良なんかならずに、正しい道に導いてあげれば良かった。本当に、本当に…」

気づけば、△△は泣いていた。俺は△△の肩を叩く。

「漢が泣くなんて、らしくねぇぞ。漢が泣いて良いのは3回だけだ。」

「そうですよね。ハハッ」



俺はこいつを殺さなければならないのか。目の前には△△の背中がある。俺は押せない。

先輩が声を荒げる。

「早くやれや!」

俺の心臓の動悸が激しくなる。

その時、△△が小声で俺に確かに言った。

「〇〇さん、押してください。俺、〇〇さんに押されるなら本望ですよ。〇〇さんと出会えて本当に良かった。」

風が吹く。俺は流れる涙を堪えながら、△△の背中を思い切り押した。

ドボン。

怖くて橋の下は見れなかった。△△、安らかに眠ってくれ。そんなこと言っても無理だと分かってるけど。先輩は笑っていた。俺と先輩はミニバンに再び乗り、その場を後にした。


その日の夜は懐かしい夢を見た。夢の中で、俺は中学校の教室にいた。気分は爽やかだった。俺はみんなと授業を受けている。斜め前にはポニーテールのあの子がいる。彼女がいるととても安心して、なぜか心が温まった。やがてグループでの話し合いの時間になり、彼女たちと机を合わせた。話し合いよりも彼女が俺を見る眼差しに意識がいった。彼女が俺を見る母性を感じる目。俺は道を誤ってなければ、彼女と違う道を歩んでたんだろうな。そう思うと、視界がどんどん歪んできて、授業風景が俺から遠ざかっていく。その時、彼女が囁く声がした。

「〇〇くん、諦めちゃだめだよ。」

ハッと目が覚める。今日は集金の日だったよな。面倒だな、と思いながら、支度をしていると、彼女のあの囁き声が脳をよぎる。

やめてくれよ、と心の中で懇願するが、声がこびりついて離れない。


俺は自分で始めた物語を、終わらせようと決心した。

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