引き受けていた作品がようやく終わり、しばらくはゆっくりと休めそうだったのに。
新しいオファーを引き受けてしまった。
しかも、それがよりによっての同性愛もの。
…はぁ。
憂鬱だという言葉一つでは、到底、今の感情を説明することは不可能だろう。
今は、家で監督から届いた脚本を読んでいるところだ。
…それにしても…
なんだこれ…
誰だよ、この脚本家いた奴…そう思い、脚本家の名前を見ると…
あーまじでこのクソド変態親父…
まじで。
俺の演技を気に入ってるそうで、俺が関わる作品の脚本を、結構ヤバめのプレイやセリフをぶっこんでくる。
あー、まじで。
でも、まぁ、そういう過激系作品を書く専門の脚本家だしな、この脚本家の作品って、マニアなファンが多いんだよな。
…挿入とかテロップが入ってるけど…
待て、男同士で挿入とか…どうやってするんだ?意味が分からない…
同性愛ものには知識が皆無と言っていいほどに、無知識だから、どうしようもないよな。
つーか、こんなエロ本みたいな脚本を、興奮もせずに、ただただ真顔で飯食いながら読める俺も凄くね?
…とりあえず、脚本を読み続ける。
ん、テロップにフェラって書いてあるけど…え、これ、俺がすんの!?
まじかよ…男のもんなんて生まれてから一度も舐めたことねぇよ…まじか。
とりあえず、明日の撮影ではシーン5まで撮るから、そこのシーンのセリフを覚えておく。
“プルルルル プルルルル”
突然、暗いがらんとした部屋に電話の着信音が鳴り響く。
スマホを見ると、大きく”母”と表示されていた。
…何で…母さんが俺の電話番号を…知ってるんだ… ?
電話に出ることをためらうが、スマホを耳に当てる。
「ユンギ !! ずっと連絡よこさないで…母さん達、心配したのよ !!」
「…母さん…」
懐かしい声。
故郷の大邱訛りの方言が聞こえてきて、切なく甘酸っぱい何かが胸をこみ上げる。
「何で…俺の電話番号を…」
「あんた何で新しい番号を教えてくれなかったの !? ここ3年くらい、ずっと古い携帯にかけてたのに、出なかったから、何かあったんじゃないかって…親くらい、自分の番号教えなさいよ…。」
「…だから…何で番号を…」
「ああ、テヒョン君に電話して、教えてもらったのよ。」
「ッッ…!!」
テヒョン…が…?
…意味が…分からない…
「…何で…そこであいつの名前が出てくんだよ…」
「だから、電話したのよ。番号教えてもらいに。あの子ったら、昔からイケメンさんだったけど、最近じゃもう売れっ子で…テレビつけるたびに出てるから嬉しいわよね、大きくなって…」
「…切るから。」
「あ、ちょ、待ちなさいよ…久しぶりに話したんだから…」
「…。」
「ちゃんとご飯食べてるの?」
俺は視線を横に逸らしながら、使われていないキッチンのカウンターの上に散らばった、カップラーメンの空き容器を眺める。
「家事とか、どうなの?」
部屋の隅に積まれた洗濯物の山を横目で見る。
「仕事は順調?」
……。
実は言えば、母さんは今だに僕が普通の会社でサラリーマンとして働いているという事を信じている。
母さんだけじゃない、父さんも、兄貴も、地元の友達も、親戚も、みんな。
みんな、僕が普通の会社でサラリーマンとしてソウルで働いていることを信じているのだ。
AVで顔出し一切していないため、バレてはいないはず。
テヒョンにも、バレてはいないと思う。
「ああ、順調だよ。」
「そう、良かったわ。それで、彼女とかできたのかしら?」
「……切るよ?」
「そろそろ、結婚とか考えないといけない年齢じゃないの~」
「……。」
結婚か。
仕事以外、完全に外の世界との関係を断ち切っている俺には、そんなもん、縁が無い話だ。
それに、こんな職業についている男と結婚したい女なんて、どこにもいないんだろうな。
「お見合いとか…」
「切るから。じゃあ。」
ブチッ… ツー ツー ツー
つーか…何で…テヒョンが俺の電話番号を…教えたんだ…?
…まだ、覚えてんのかな…
俺は、忘れたいのに。
お前の事なんか、きれいさっぱり忘れちまいたいのによ、まだ、お前と繋がっていたいという甘ったれた気持ちも少し残っていて、どうしたらいいのか、分かんねぇんだよ。
…はぁ。
まずは、気持ちを切り替えなければ。
明日までに台本を覚えきらなければいけないのだから。
俺は、残りのラーメンを一気に口にかきこみ、スープを飲み干してから、再び台本を開く。
台本には、基本的にかかわるスタッフの名前が1ページ目に全て書かれているのだが、そのページを見て、驚いた。
何だ、この錚々たる顔ぶれ、メンツは…
監督、プロデューサーからして、この業界のビッグ、大物だが…
助監督、脚本家も、確実にマニアの中では大物中の大物で…
普通、名が知られているのは監督、プロデューサー、助監督、脚本家だけで、それ以外のスタッフはあまり名が出ることは無いのだが、今回の脇のスタッフでさえ、大物が揃いに揃っている。
例えば、美術、美術、照明、音響スタッフまで、名が通っている凄いメンツだ。
この脚本を見ただけで、とんでもないほどの製作費を掛けようとしていることがわかる。
これは…完全に同性愛ものの頂点を確実に仕留めにいているようなもんだ。
これほど豪華スタッフメンバーを使い、育て上げたい、期待の新人とは、誰なのだろうか。
台本のキャストの枠を見ると、”キム・シュガ”の他に、もい一つ名前が並んでいた。
“キム・ソクジン”…か。
デビューしたてということもあり、やはり聞いたことない名前だが、期待が熱いと監督も言ってたしな。
もし、こんな職業なんかに今、付いていなかったら、今頃俺はテヒョンと同じ舞台に日の光を浴びて堂々と立てていたのだろうか。
♡→700以上