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深い闇の底で見たそれは夢でも幻想でもない。ユカリにはそれが分かった。

一番右の一番前、それが緑の席だった。一番左の一番後ろ、それが彼女の席だった。

自席で緑が振り返り、同級生たちの間に彼女を見つけ、目が合うと、彼女は悪戯っぽい笑みを返してくれた。

対照的な席に対照的な性格の、名前の形だけが少し似ている二人だったが、気が付けば無二の友人となっていた。




激しい物音と共にチェスタが飛び込んで来て、骨の髄から身震いする。最悪の瞬間に最悪の相手に見つかってしまったのだ、と。


あるいは不幸中の幸いかもしれない。少し前のこと、何事かごそごそという物音を聞いて目覚めたユカリの目の前で、グリュエーの体は、蜘蛛の克服者たちによってどこかへ運び去られてしまった。しかしチェスタに連れ去られるよりまだ良いとも限らない。


チェスタは目に見えない何かといくつか言葉をかわすと、四、五行の呪文で広間に張り巡らされた蜘蛛の糸を断ち切り、ユカリたちを解放した。


「グリュエー?」ユカリは念のために呼びかける。

「ユカリ! 大丈夫?」と不思議な風がユカリの耳元で猛った。


魔法少女の会話の魔法とは関係なく、風が言葉を織り成している。それはユカリ以外の誰もが目を見開きつつも耳を傾けている様子からも確かだ。魂を多く割いているということだ。


「うん。ありがとう、グリュエー」ユカリは纏わりついた蜘蛛の糸を剥がしながら感謝し、そして謝罪する。「それとごめん。グリュエーの体、どこかに持って行かれちゃった。探しに行かないと」

「身動きできなかったんだから仕方ないよ」

ユカリは皮肉な笑みを浮かべて朧な顔のチェスタに目を向ける。「それにしてもまさかチェスタとはね」

「どうしてみんなを助けてくれたの?」とグリュエーがチェスタに尋ねる。


助けてくれる理由も聞かずにグリュエーはチェスタを頼ったのだと知って、ユカリは再び肝を冷やす。とはいえ理由は明らかだ。かつて執拗に魔導書を求めていたチェスタは今、執拗に護女エーミことグリュエーを求めている。


「打算ですよ」と予想以上に簡潔な、予想通りの答えが返ってくる。「それよりも、久しいですね。ルキーナさん。一緒に消えたエドマスとフリーデリルはどうしました?」

「いや、知らないです。自分のことで精一杯だったんで」ルキーナことエイカは委縮して、ジニの背中に隠れる。

「随分と薄情じゃないですか」とチェスタは揶揄うように非難する。「あそこから帰って来た奇跡を独り占めですか?」


次の瞬間、チェスタの頭部を覆っていた幻が消える。レモニカの姿のレモニカが小さな悲鳴を漏らす。鼻から上を失くしたチェスタの異様な姿を初めて見たのだ。レモニカが頼まなくてもソラマリアはチェスタとの間に立ち塞がる。


反応を楽しむように周囲を見えない瞳で睥睨しつつチェスタは続ける。「私の右腕ならば、ついでに上司の頭を持ってきてくれても良かったと思うのですが」


「見当たらなかったので」とルキーナは律儀に答えた。「あと右腕は次席だったサイス君でしょうし、それに元上司です」

「それくらい貴女を買っていたということです。それで? ……信仰を捨てたのですか?」と問いかけるチェスタの声は冷たくて硬い響きだ。

「ずっと前ですけどね」とルキーナは返す。


むしろ一度は信仰していたのか、とユカリは驚いた。『禁忌の転生』という魔術のために所属していただけなのだろうと思っていた。


「どこかでお会いしましたか? 私の顔に見覚えでも?」とチェスタが矛先を変えて尋ねたのはジニに対してだ。


ジニはまじまじとチェスタの顔が無い部分を見つめている。


「いやね。……あたしの墓を掘り起こしたって奴の顔を見てみたかったのさ」


チェスタは可笑しそうに笑う。そして懐かしむように頷く。


「そうでした。この因縁の始まりは貴女が魔導書を所持しているという疑惑からでしたね」

「そろそろグリュエーを助けに行かない?」と言葉を挟んだベルニージュは苛立ちを隠していない。


キールズ領でグリュエーを攫われたことをベルニージュは気にしているのだ。下手に慰めたりしても余計に責任感を負うのがベルニージュだということも分かっている。

誰も異論はない。


「それで、どこにあるのですか?」というチェスタの問いには誰も答えられない。

「手分けして探す?」とエイカ。「また三つに分かれてさ」

「敵の巣です。得策とは言えないでしょう」とソラマリア。

「グリュエーの体はグリュエーが見つけてくる! 大丈夫。何となくの方向は分かるからすぐだよ」とだけ言い残すとグリュエーは広間の外へ吹き出て行った。

「無茶しないでよ!」とユカリのかけた声がグリュエーに届いたかどうかは分からない。


残された七人も追うように広間を飛び出す。引っ繰り返って斜めになった城の中では平衡感覚が騙されてしまう。梁を乗り越え、扉までよじ登り、蜘蛛の糸を避けながら歪んでしまった天井を突き進む。

どの季節からも切り離されたビアーミナ市上空に吹き荒ぶ風の叫びか、地上にて怪物と戦う戦士たちの鬨の声か、唸り声のような地響きのような音が喚き続けている。


ベルニージュ、ソラマリア、ジニ、チェスタの中でも先んじて接近者の気配に気づき、皆を制止したのはソラマリアだった。行く先の通路の角から蜘蛛の克服者たちが現れる。


「ヘルヌスさん!?」とユカリが声をあげる。


克服者たちは蜘蛛のような姿になっているとはいえ、変身前の面影がわずかに残っている。その克服者たちを率いるように先頭に立つ者に見間違えようがなかった。乱れた銅色の髪、八つに増えた榛色の瞳。いつもの浅薄な態度は鳴りを潜め、敵意を剥き出しにして剣を構えている。


遭遇後、機先を制し、矢のような速度で飛び掛かったのはヘルヌスだった。ユカリの眼前に突き出された鋭い切っ先をソラマリアが剣で防ぐ。

続いて廊下を埋め尽くすように押し寄せる八本脚の軍勢にユカリたちは魔法で対抗する。嵐の如く入り乱れ、鼓動する炎と意志持つ雷が踊り狂う。炸裂する火花に放射する閃光、弾け飛ぶ石壁に叩き折られる石柱が怒号を掻き消すほどに轟く。


ユカリはレモニカに付かず離れず石礫を放つが、メーグレア虎にやったような威力は出せなかった。何といっても、たとえ蜘蛛の怪物に変身していても元は人間だ。獣を狩るのとは訳が違う。その躊躇いが命取りになりかねないと分かっていても、心の中のどこかで引かれた一線の向こうで毒牙持つ殺意はまだ眠りに就いている。


ソラマリアがヘルヌスを未だにいなせていない状況で、克服の祝福の強大な力を思い知る。ヘルヌス以外の克服者も元はただの敬虔な信徒だったに違いないはずだが、まるで歴戦の戦士か怖いもの知らずの狂った獣のように襲い掛かってくる。グリュエーを探すどころではない。


さらには背後からも野太い鬨の声が聞こえる。挟み撃ちだ。最悪の状況だ。逃げを打つ他ない。


「お兄さま!」と驚きと嬉しさの入り混じった声でレモニカが叫ぶ。


背後に迫る軍勢はライゼン大王国の戦士たちだった。率いているのはレモニカによく似た女性で、お兄さま・・・・がどれかはユカリには分からなかった。が、直ぐに分かる。


「やや!? あそこで蜘蛛の化け物に成っているのは我が右腕、大王国の豪風ヘルヌスではないか!? 何故クヴラフワにいるのだ!?」と戦士たちを率いる女傑が芝居がかった口調でレモニカに尋ねる。


聞き捨てならない台詞が聞こえたが、今は聞き捨てなくてはならない。


「わたくしにも分かりません。お兄さま! わたくし、友人を助けに参らなくてはなりません! どうかお助太刀くださいませ!」


お兄さまと呼ばれた女は剣を抜き放ち、高々と構える。「知らん。お前はお前の好きにしろ。俺は俺の忠良なる部下に話を聞く必要がある。シャリューレを下がらせろ」


「ありがとうございます!」と剣と魔法のぶつかり合う音に負けない声でレモニカは叫ぶ。「シャ、ソ、シャリューレ! 皆さんもこちらへ!」


ユカリとレモニカは手を取り合って別の通路へと逃げ込み、皆が後に続いた。残った大王国の猛り狂った戦士たちが蜘蛛の克服者たちとぶつかる。


「ソラマリアさんの本名、隠してるの?」とユカリはこっそりレモニカに尋ねる。

「いえ、本人が何故か説明しないのでわたくしから言っていいものなのか」

「なるほど」ユカリはちらとソラマリアの方を振り返るが、レモニカの脅威となる存在に対する警戒心しか読み取れない。


単に名前について説明することに関心がないのではないか、とユカリは推測する。


「ユカリ。見つけたよ」とグリュエーが微風のように報せを持ってくる。「上にあった。上っていうのは引っ繰り返った城の一階の広間の天井のことね」


一階へ上るために階段を探しつつ、グリュエーの低くて小さな声にユカリは胸騒ぎがした。


「どうかしたの? 大丈夫だったの?」


グリュエーの体に危害を加えられたのではないかと冷や汗をかく。


「うん。体は大丈夫。グリュエーの体は蜘蛛の糸でできた祭壇みたいなのに寝かされてて、それで、ハーミュラー、が頭を撫でてた。蜘蛛、みたいな。克服者に? ハーミュラーも……」


ようやくグリュエーの動揺の意味を理解する。半神だというハーミュラーの本当の姿を見たのだ。


「ううん。ハーミュラーはシシュミス神とソヴォラってひとの子供、半神なんだって。あれが本当の姿なんだってさ」


ユカリにとっては聞きかじっただけの話だが、誰もそれ以上付け加えることはしなかった。


「半神……。そうだったんだ。全然知らなかったな」とだけグリュエーは呟いた。

「すみません」とレモニカが一行に呼びかける。「少し待ってください」


そこはもはや上にも下にも吹き抜けた中庭に面した回廊の一角だ。今のところ周囲に克服者はいないことを確認し、皆がレモニカに耳を傾ける。


「地上でわたくしたちハーミュラーさんに手も足も出ませんでしたわ。チェスタさんが加わったとはいえ、ただ突入しても同じ結果になりかねません。何か策を講じなければ」

「その言いぶりだともう何か考えてるんじゃない?」とベルニージュが言い当てる。


レモニカは少し照れ臭そうに頷く。


「はい。その前に一つ試したいことが。グリュエー。わたくしの周りを漂うことは出来ますか?」

「任せて。お安い御用だよ」


レモニカは指輪の魔導書を外し、グリュエーの風を纏う。するとレモニカの体がグリュエーの姿に変身した。なぜか、グリュエーの最も嫌いな生き物はグリュエーなのだ。グリュエー自身も自覚のないこの事実をグリュエーは特に気にしていないようだが、ユカリには深刻な事態に思える。


「やはり。上手くいきました」レモニカは自信を露わに頷く。「わたくしの呪いは相手の魂を読み取っている可能性があるので、今の風のグリュエーならば呪いが反応するのではないかと思ったのです」

「それでハーミュラーの動揺を誘うってことだね」とユカリは確認する。

「はい。その通りですわ。わたくしの呪い自体は既に知られていますが、グリュエーの嫌いなものが、その……」

「前も言ったけど全然自分のこと嫌いと思ってないんだけどね!」とグリュエーが指摘する。

「そうでした。すみません。ともかく、このことについてはハーミュラーも知らないですから、少しでも疑念を抱かせられるかもしれません。それに加えて上手くハーミュラー自身の嫌いなものに変身できれば隙を生み出せるかもしれません」


「いけません。殿下が囮になるなど」とソラマリアが瞬時に否定する。

「ソラマリア。今この中でわたくしより戦力の低い者はいますか?」レモニカは悔しそうに尋ねる。エイカが手をあげようとしたが見えない何かに羽交い絞めにされる。「わたくしよりハーミュラーの注意を引ける策はありますか? わたくしが注意を引き、残りの全員で仕掛ける。これ以上の策はありますか?」


他に提案できる者はいなかった。


「策なんて無意味なんだよ。圧倒的強者の思惑の前にはな」


いつの間にかすぐそばの柱にドークがもたれかかっていた。深奥を通って来たのだ。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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