「チッ……電波が悪ぃ」
会場には爆弾らしきものはなく、神津が探している会場外の廊下の方へと向かおうとしている道中、神津に電話を掛けるが、皆が一斉に使っているのが、繋がらない。俺はスマホの画面を見て舌打ちをした。これでは連絡を取り合うことが出来ない。
「だが、一番可能性があるとするならシステム管理室か」
俺は、神津もそう考えそこにいるだろうと、方向を変えシステム管理室のある場所へ向かって走った。以外にも簡単に見つかり、俺は中を覗こうとする、だがそれよりも先に内側から押すような気配を感じた。
「神津、そこにいるのか!?」
「春ちゃん?」
扉の向こう側にいるのが神津だと瞬時に分かり、俺は彼の名前を呼んだ。するとかすかにだが扉の向こう側から声が聞えた。
俺は扉に手を掛けようとしたが、ビクともしなかった。見れば、鍵穴がふさがれており、これじゃあ開けようがない。俺は必死に扉を叩いた。
「神津!」
扉は分厚いのか、こっちの声が届いているのかどうかも分からない。それでも俺は叫び続けた。だが、拉致があかないと思い、繋がりにくいことを承知で電話を掛ける。すると、数回のコール音の後、ぷつっと電話が繋がる音が聞える。
「神津、無事か!」
『無事だよ、春ちゃん』
電話越しに聞えるのは、いつも通りの神津の声。どうやら大丈夫そうだ。
俺は安堵のため息を吐きだし、その場に座り込んだ。良かった、本当に。だがこのまま扉を開けられないのでは、結局神津は爆弾の餌食になってしまうと思った。そこに神津が閉じ込められていることから、きっとシステム管理室に爆弾があるのだろうと予想する。神津は、爆弾の解体が出来るような道具を持っているだろうか。
俺は確認のため、神津に尋ねた。
「神津、お前爆弾が解体できる工具持ってんのかよ。つか、そこに爆弾があんのか?」
『まあ、一応は。そうだね、ここに爆弾があるよ』
と、神津は酷く落ち着いた声で言った。それがまた、嫌な胸騒ぎを覚えさせる。
俺の中で警鐘が鳴る。こいつは、危険だ。
神津は俺の質問に答えた後、黙り込んでしまった。その沈黙が怖くて仕方なかった。早くここから出してやりたいと思う反面、不安ばかり募る。
「出来るんなら、早くその爆弾解体しろよ。そしたら、身の安全は確保できんだろう」
『そうしたいのは、山々なだけどね……」
そう神津はいうと、また黙ってしまう。
あれだけ、自分は爆弾が解体できると自信満々だったくせに、いざ目の前にしたら怖じ気づいてしまったのかと、俺は考えた。だが、神津に限ってそんなことないだろうと、考えをすぐさま否定し、どうした? と再び尋ねれば、神津は深刻そうに答えた。
『いやぁね、爆弾の横に犯人が置いたであろうタブレットがあって、どうやらこの爆弾を解体しちゃったら、他の爆弾が爆発しちゃうみたいなんだ』
「そんなのアリかよ。それじゃあ――――」
嫌な想像が頭によぎる。
俺は血の気が引く思いで、神津の言葉を待つ。すると、神津はとんでもないことを口にしたのだ。
しかもそれは、あまりにも衝撃的で信じられない内容であった。神津はまるで、覚悟を決めたようなそんな意思の表れたような声で言う。
『僕は爆弾を解体しない』
その言葉を聞いて、目の前が真っ白になった。
神津の前にある爆弾を解体すると、他の爆弾が代わりに爆発する。だが、解体しなければ他の爆弾は爆発しないというのだ。その犯人のメッセージが信じられるかどうか……けれど、あの連続爆弾魔ならそうしかねない。きっと、ここに閉じ込められるであろう人が、爆弾を解体しないだろうと予想して。
神津がいうには、避難しているであろう駐車場、観覧車、一番大きなジェットコースターの下に爆弾が設置してあるらしい。さすがにその三カ所が爆発すればただじゃ済まないだろう。たくさんの被害者が出ると容易に予想がつく。
ということはだ、たった一人を犠牲にして皆を救うことが、閉じ込められた神津に求められているのだ。
神津は、それを理解している。
「何言ってんだよ。んなことしたら、お前が……ッ!」
『分かってるよ。でも、きっと犯人の狙いは元からここに閉じ込めた人なんだろうね。大勢を狙うんじゃなくて、たった一人を。そして、そのたった一人に究極の選択を迫って……たちが悪い』
と、神津は静かに呟いた。
俺は、怒りにまかせてガンッと扉を叩いた。この扉が開けられたら……開けられたとしても解除しなければ死ぬし、解除したら大勢が死ぬ事には変わりはない。
「何で、犯人はこんな事を……」
『さあ? 相変わらず狙いが読めないね……でも、犯人は近くにいたみたいだよ。現にこの扉を閉めたのは犯人だった』
「見たのか? 姿を」
『ううん、一瞬過ぎて。女か男かも分からない』
神津はそう言いながらため息をついた。
『まあ、春ちゃんは逃げなよ。もう時間も無いみたいだしさ。それじゃあ』
そう言ってツーツーときれる電話。
俺は、再度コールするが、神津は出る様子がない。そうこうしていると、残っていた数人のスタッフが俺を見つけ駆け寄ってくる。
「何をしているんですか、早く避難して下さい」
「この中に、いるんだよ。俺の恋人が!」
まるで犯人のように取り押さえられた俺は、必死にシステム管理室に神津がいることを伝える。だが、スタッフはふさがれた鍵穴を見て無理だと首を振る。先ほど何度も蹴ったりタックルしたりしたが、扉はびくともしなかった。
「避難して下さい」
と、諦めたようにスタッフ達は俺をおさえる。すると、通路の方でドカアァンッ! と爆発音が響いた。まだ、仕掛けられていたのかと、早く出るようにとでも焦らせるような爆発音を聞いて、俺の心はさらに焦りで一杯になる。俺は、結局抵抗することが出来ず、スタッフ達に会場の外へと連れ出された。
会場の外に連れ出されれば、パトカーや救急車、消防といったサイレンがあちこちから響いており、遠くで黒煙が上がっているのが見えた。
俺は、まだそうなっていないプラネタリウムを見つめる。神津はまだあのなかにいる。
「どうすれば、何か手は……」
そう思っていると、ヴーヴー……と突然俺のスマホが振動した。
鳴りだしたスマホに俺は震える手で通話のボタンを押す。
「恭、恭! 恭なのか!?」
そう俺は、スマホ越しに叫ぶが相手からの反応はない。神津だと思って出たが、母親か他の人からの電話だっただろうかと一度耳からスマホを離す。だが、そこにはしっかりと「神津恭」と表示されている。
「恭、おい、返事しろ恭!」
何度呼びかけても、やはり反応がない。
嫌な予感ばかりが頭に浮かぶ。
神津は大丈夫だって言ったじゃないか。神津は嘘つきじゃない。一緒にいてくれるっていったじゃないか。
そう思ってもう一度、神津の名前を呼べば、電話越しに何やら歌が聞えてきた。
『……はっぴーばーすでーとぅーゆー』
「恭?」
『はっぴーばーすでーとぅーゆー、はっぴーばーすでーでぃあ……』
「おい、恭!」
聞き慣れた声と歌が聞こえてきたが、神津が何故それを歌っているのか理解できず、俺は叫んだ。すると、神津の歌がとまり「春ちゃん?」と優しい声が聞えてきた。
『ほら、祝ってよ。明日僕誕生日なんだけど』
「意味が分かんねえ」
『だから、誕生日。明日、祝って貰えないかも知れないから』
と、電話越しに聞えた弱々しい声に俺はスマホを握っていた手に力が入った。
いっている意味が分からない、理解できない、したくない。
明日、祝って貰えないかも知れない。そう言った神津の言葉が頭の中をぐるぐると回る。神津は覚悟を決めているのだろう、神津は理解しているのだろう。でも、俺は諦めたくないと叫んだ。そんなのあってたまるかと、何で誕生日デートにこんな……
「明日祝って貰えないかも知れないなんていうな!俺が祝う、明日も来年も、だから、恭、そんなこと言うなよ!」
『…………』
俺の後ろで黒煙が黙々と上がっている。
神津は俺の言葉に何も返さなかった。ただ、その時を待っているかのように口を閉じている。
『……ねえ、春ちゃん。春ちゃんだったら、春ちゃんが僕の立場だったらどうした?』
「俺が、お前の立場だったら?」
『うん、犯人が残したメッセージ鵜呑みにするにしないにしろ……一人の命と大勢の命をかけたとき、どっちを優先して助ける?』
と、神津は俺に質問を投げた。
俺は、自分。と言いかけて口を閉じた。自分がその立場だったらそうする、絶対にそうする。だが、神津と大勢の命を天秤に掛けたとき、俺はきっとすぐには選べないだろう。
警察として大勢の命を守ってきたのに、たった一人と大多数の命をかけたときすぐに答えられないなんて俺も随分甘くなったものだ。俺には、神津を切り捨てることは出来ない。
「……俺は」
『きっと春ちゃんならそうしただろうなって思って、僕はここに残るって決めたんだよ』
そう神津は口にする。
俺がそうするだろうと思って、俺を見てそうしたなんて。じゃあ、俺が薄情な奴で自分しか考えなくて、自分が助かる道を選ぶ男だったら、神津はどんな行動を取ったのだろうか。いいや、まず俺がそんな男だったら、神津は俺の事を見捨てたかも知れない、隣に居続けてくれなかったかも知れない。
だから、これは、俺が招いた結果でも神津が招いた結果でもない。
『まあ、かといってこの扉を蹴破れるほどの力はないし、脱出できたとしても駐車場とか観覧車とか爆発しちゃったら結局は助からないんじゃないかな』
「…………」
『閉じ込められるべくして、閉じ込められた。でも、その事によってたくさんの命が救えるなら……僕はそれでいいと思っている』
と、電話の向こうの神津は言う。
神津の後ろでカチ、カチ……と鳴っている機械音はおそらく爆弾のタイマーなのだろう。その音が焦りと恐怖を煽る。
何て言葉をかければいいか分からない。顔を見たい、抱きしめたい、温もりを今すぐに感じたい。それを出来ないことは分かっていても、電話越しから聞える神津の声に縋るように俺は口を開く。
「よくない、俺は良くない。お前、もう何処にも行かねえっていったじゃねえか。俺の隣にずっと居るって、嘘つくのかよ」
『……春ちゃん』
「なあ、神津俺はお前に何も返せてない。十年分の愛をお前に伝えられていない。お前の誕生日祝ってない」
お前に伝えなきゃいけない言葉、伝えたい言葉があるのに。
声が震えて出なかった。それを言ってしまったら別れの言葉を言うようで、俺の喉からその言葉がひねり出されることはなかった。
プラネタリウムに向かって歩こうとすれば、スタッフに取り押さえられ、俺は神津に近づけない。
『春ちゃんと、雪景色見たかったな……来年の春、また桜を見に行こうって約束も』
「恭……」
『ごめん、叶えられないや』
神津はそう言って、俺と同じく震えた声で言う。
たくさんの約束をした。来年があるものだと思っていた、明日があるものだと思っていた。二人でずっと一緒にいられると思っていた。
俺は、もう片方の手で、胸元で揺れいた指輪を握りしめた。
何て、残酷なんだ。
『春ちゃん、ごめん。ああ、そうだ……最後にこれだけ、伝えておこうかなって思って』
「最後とかいうなよ……俺は!」
俺はまだ、何も伝えられていない。まだ、何も返せていない。
俺も、神津と同じ気持ちだ。神津と一緒に居たいと心の底から思っている。神津と過ごした時間は確かに幸せだった。でも、神津がいなくなった世界で生きていくなんて無理だとも思う。
それでも、神津は俺の言葉を遮っていう。
『――――春ちゃん……愛してる』
「恭――――ッ!」
その言葉とともに、目の前の星空の詰め込まれた会場は大きな音を立て、黒煙を上げた。
膝から崩れた俺の横で落ちてひび割れたスマホは、10時26分を表示していた。
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