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放課後の小学校は、10年前と変わらない木造の廊下の匂いがした。
「ねえ、本当にここにあるの?」
真央が不安そうに声を出す。僕たちの足音だけが、静かな廊下に響く。
2026年の今、学校は冬休みの補習期間も終わり、人気(ひとけ)がない。僕たちは理恵が持つ「小さな鍵」に導かれるように、図書室の最奥にある、今は使われていない古い木製の「返却ポスト」の前に立った。
「……これだ」
大樹が固唾を呑んで見守る中、理恵が震える手で鍵を差し込む。カチリ、と乾いた音がして、10年間閉じられていた扉が開いた。
中から出てきたのは、一冊の使い古されたノート。
表紙には、2016年のあの日、僕たちがよく見た懐かしいシールが貼られていた。
『5人の交換日記:あかり・大樹・真央・理恵・航太』
その文字を見た瞬間、堰を切ったように記憶が溢れ出した。
そうだ。あかりは、いつもここにいた。
体が弱くて体育の時間には見学していたけれど、誰よりも本が好きで、僕たちが校庭で走り回る姿を、いつも図書室の窓から笑って見ていた女の子。
「私……思い出した」
理恵がノートをめくりながら、声を詰まらせる。
「あかりちゃん、卒業式の直前に、入院しちゃったんだよね。それで……」
ノートの最後のページには、弱々しい、けれど決意に満ちた筆致でこう記されていた。
『みんなへ。20歳になったら、鈴鹿サーキットが見えるあの展望台で会おうね。2026年1月21日。私の20歳の誕生日に。』
時計を見ると、午後4時。鈴鹿の空がオレンジ色に染まり始めている。
「今日だ。あかりの誕生日は、今日なんだ」
僕は叫ぶように言った。
あかりが名簿にいない理由も、写真がない理由も、今ならわかる。彼女は卒業を待たずに、この世界から旅立ってしまったからだ。でも、彼女の願いは、10年の時を超えてこのノートの中に生き続けていた。
「行こう。あかりが待ってる」
大樹がノートを抱え、駆け出した。
僕たちは、鈴鹿の街を一望できる「風が止まる場所」を目指して、夕暮れの坂道を全力で走り始めた。