テラーノベル
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「すごいですね」
「……すごくはないよ。好きなことやってるだけだから。」
そう言いながらも、まんざらでもない顔をしている。類はカップを両手で包むように持ち、中の黒い水面を見つめた。
「ふうもさ、好きなことで何か作ったりする?」
波音の合間に投げかけられた問いは、さっき飲み込んだ「ふうって何者なんだろう」の続きのようでもあった。段ボールから取り出した部品たちを指先で弄びながら、類はふうの答えを急かすでもなく待っている。
「ありますけど、思い通りにはいってません。ちなみにミニロボットを作ってます。」
「ミニロボット。」
その単語を聞いた瞬間、類の目の色が変わった。比喩ではなく、文字通り瞳の奥に光が灯ったように見えた。
「思い通りにいってないっていうのがまたいいね。僕も毎回そうだよ。」
身を乗り出すように一歩近づき、声のトーンが明らかに上がっていた。
「どういう系?二足歩行?それとも車輪型?」
質問が矢継ぎ早に飛び出す。さっきまでの控えめな距離感はどこへやら、好奇心が完全に勝っている。PCから流れていた波音のことなどもう頭にないらしく、手元で弄んでいた部品も放り出していた。
「えっと、二足歩行です」
「二足歩行か……!」
類は腕を組んで、何かを考え込むように天井を仰いだ。数秒の沈黙のあと、ふうに向き直る目には熱っぽい光が宿っていた。
「バランス制御が難しいよね、あれ。重心の位置とモーターの出力比、どうやってる?」
聞き方がもう友人のそれではなく、同じ言語を話せる人間を見つけた技術者の顔だった。類自身それに気づいていないのか、カップを持つ手が止まったまま完全にふうの方を向いている。研究室の夕日が差し込んで、散乱した部品の金属面がちかちかと光っていた。
「実はそこが上手くいってないんです……」
「ああ、なるほど。」
類はようやく自分が前のめりになっていたことに気づいたのか、一歩引いて頭を掻いた。
「……ごめん。つい。でも、もしよかったら見せてくれない?ロボット。」
言葉を選ぶように少し間を置いた。
「僕も二足の制御で何回か失敗してるから、力になれるかはわからないけど……一緒に考えたら何か見つかるかもしれないし。」
押しつけがましくならないよう、語尾を柔らかく落とした。けれどその目は「ぜひ」と雄弁に語っている。研究室の壁掛け時計が午後五時を指し、窓からの光がオレンジに傾き始めていた。
「助かります。今出しますね」
「今持ってるの?」
また声が跳ねた。隠す気があるのかないのか。類はデスクの上をさっと片付け始め、スペースを作る手際がやけに素早い。
「ここに出して。散らかってるけど、広さだけはある。」
冗談とも自虐ともつかないことを言いながら、PCを端に寄せてふうの手元が見えるよう準備した。波音はいつの間にかループに入っていて、同じ波が繰り返し静かに研究室を満たしている。類はふうの正面に立って待ち構えている。その姿は、プレゼントの包みを開ける直前の子供そのものだった。
「はい、これです」
ふうが取り出したミニロボットを、類は食い入るように見つめた。掌に収まるほどの小さな機体、ぎこちなく曲がった脚部、剥き出しのモーターケーブル。試行錯誤の痕跡が随所に残っている。
「……触っていい?」
許可を得るやいなや、指先で慎重に持ち上げた。関節の可動域を確かめるようにゆっくり動かし、裏返して基板を観察する。
「ここ、サーボの角度センサーが逆向きについてる。」
断定的な口調だったが、責めているわけではない。むしろ楽しそうですらあった。
「これだと上半身が勝手に反る方向に動くから、転倒の原因になってるはず。逆につければ……いや、でもそれだと逆反りの癖がつくか。」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、ロボットをデスクに置き、引き出しからペンとメモ用紙を引っ張り出した。
「……ふう、これ組み立てたの、いつ頃?」
メモに簡単な図を描きながら聞いた。ロボットの脚部を横から見た断面図らしく、すでにいくつかの矢印が書き込まれている。
「もし結構前なら、基板の配線パターンも今の環境に合わせて最適化できるかも。電池の持ちとか気にしたことある?」
類の手が止まった。ふうの返答を待つ目は真剣そのもので、出会って一時間も経っていない相手の作品に対して、まるで自分のことのように熱を注いでいる。研究室の蛍光灯が夕日の残光を塗り潰し、白い光の下で類の横顔だけがはっきりと浮かんでいた。
「約1週間前です」
「一週間。」
ペンを持つ手がぴたりと止まった。
「……このクオリティを一週間で?」
声に混じったのは純粋な驚きだった。メモに描きかけた図から目を離し、もう一度ロボットを手に取って眺める。裏返し、横にし、光に透かすように目を細めた。
「すごいな。構造の組み方にセンスがある。ただ、やっぱり細かいところに惜しい点がいくつか。」
類はロボットを丁寧にデスクの中央に置いた。それからふうの目をまっすぐ見た。夕方に切り替わった蛍光灯の白い光の中で、その表情はどこか挑戦的で、同時に柔らかかった。
「ふうさえよければ、改良一緒にやらせてくれない?週一くらいのペースで。」
コメント
2件
約一週間で二足歩行のミニロボ作るふうはガチで何者?そして🎈が楽しそうでなにより♪
読了しました!第3話、一気に距離が縮まった感じがしてすごくいいですね。「すごくないよ」って言いながらまんざらでもない類くんの反応がまず可愛いし、そこからロボットの話で目の色が変わって、子供みたいに前のめりになる熱量が伝わってきました。技術者同士の「共通言語」でつながる瞬間の描き方が繊細で、夕日の色や波音の演出も効いてて好きです。続きが気になります🤍
結愛
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