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『脇田北斗が連絡取りたがってるらしいよー』
『美琴のアカウント、教えていい?』
そんなメッセージが陽菜から届いていることに気付いたのは、深夜〇時を過ぎた頃。世間一般の十代はまだまだ元気に活動している時間帯なのかもしれないが、真知子に合わせて生活リズムがお婆ちゃんな美琴はとっくの前から布団の中だ。枕の下に突っ込んでいたスマホが、連続して二回震えたことで目が覚めた。
「脇田、北斗……?」
寝ぼけたままの頭で、同じ学校だったっけ? と首を捻る。一応は知り合いなんだけれど、連絡を取り合うような仲じゃないはずだ。地元の小学校の同級生だったが、脇田北斗は中学から私立へ行ったし五年近く会っていない。――否、小学校の時だって同じクラスになったのは三年生の時の一度だけ。以降は見かけた記憶さえほとんどなかった。そんなその他大勢レベルの同級生が、美琴に何を連絡したがっているのだろう?
でも実は、最近になってから彼を思い出すことが増えていた。脇田北斗は小学校3年生で行われた林間教室で、深夜に行方不明になった生徒の一人。しかも、捜索隊が発見した際、他の子供達とは少し離れた場所で意識不明の状態だった男児だ。搬送された病院で何日かして目を覚ましたみたいだが、その後半年間ずっと登校してこなくて、気が付いた時は四年生になりクラスも別になってしまっていた。
真知子が頑なに行かせまいとした林間教室。小学生だった美琴はまだ人ならざるモノは視えなかったが、今ならあの地で何が視えてしまうのだろう。祖母は『あそこには妖力の強い血を欲しがるタチの悪い奴がいる』と言っていた。
薄っすらとそんなことを考えながら、美琴は再び瞳を閉じる。北斗が何の用で連絡を取りたがってるかも分からないから陽菜に返事のしようもない。明日、学校で詳しく聞いてみようと思いつつ、手探りでスマホを枕下へと突っ込み直した。
「小学校が一緒だったって、それは初恋確定案件じゃない?」
「きゃー、ずっと君が好きでしたってやつ?」
学校に着いてすぐ二組の教室で陽菜の姿を探して、昨夜のメッセージの詳細を聞こうとしたら文香と菜摘までが目ざとく寄って来た。そして、好き勝手なことを言って騒ぎ立ててくる。二人とも相変わらず朝から元気だ。
「それは無いって! 小学校卒業したのなんか、何年前の話よ……」
小三の夏以降、全く接点がないのにそれはありえない。お互いに今はどんな顔になってるかも分からないのにと否定していると、陽菜がさっと自分のスマホ画面を三人の前に突き出してくる。そして、含み笑いを浮かべてから言う。
「私、北斗とはずっと同じ塾なんだよね。これ、先週の授業後に一緒に撮ったやつ。あ、言っとくけど私が狙ってるのは、北斗じゃなくてこっちの佐々木先生の方だからね」
講師一人が同時に二人を指導する形式の個別指導塾。水曜日の英語の授業は高二になってから北斗が同席になったのだという。陽菜は担当講師がお気に入りで、どうしても一緒に写真が撮りたいからと、同級生なのを良いことに北斗を巻き込んだらしい。三人が横並びで椅子に座っている写真は、他の塾生に撮って貰ったと得意げだ。
陽菜からスマホを奪って北斗の近影をチェックし始めた文香達は、「え、結構良くない? あー、でも美琴のタイプって感じではないよね」「この制服見たことある。めっちゃ偏差値高くない?」などと勝手に喋っている。
「なんか、美琴に相談に乗って貰いたいことがあるって言ってたよ。恋バナでは無さそうだったけど」
「そうなんだ。連絡先、教えてくれても別にいいよ」
小学校から一緒の陽菜は美琴の家が祓い屋をしているのは知っている。元々から八神家はそれなりに有名だったし、林間教室の一件で真知子が宿泊合宿の廃止を求めて学校へ乗り込んでくることが何度かあったからだ。
北斗の相談事の内容も少しは聞いているみたいで、陽菜は心配そうな表情を見せる。
「大丈夫。大変そうだったら、お婆ちゃんに丸投げするから」
そう言って笑い返した後、廊下から担任教師達の足音が聞こえて来て、美琴は慌てて隣の一組の教室へと駆け込んだ。
その後すぐに陽菜が北斗へ連絡したのか、四時間目が終わってクラスの仲良しグループで机を寄せ合ってお弁当を食べている時に、スマホがメッセージの着信を知らせてきた。
下校後、最寄り駅前のファストフード店でドリンクとポテトだけを注文すると、美琴はトレイに乗ったそれらを持って店内の階段を上がっていく。二階にあるイートインスペース内をぐるりと見回し、グレーのブレザーに濃紺のチェックのネクタイという、この辺りではあまり見かけない私立の制服を着た男子学生の姿を窓際の席に見つけ、少し緊張しながら近付いて声を掛けた。
「脇田君?」
それまでは窓の下に視線を送っていた北斗が、美琴の声で振り向く。たった5年でどれだけ伸びたんだというくらい背も高くなり、無造作にセンター分けしたサラサラヘア。陽菜から写真を見せられていなければ、隣の席に座っていても絶対に気付かなかった自信がある。でも、美琴の顔を見て二ッと嬉しそうに笑った時に、口元がやたら横伸びするのは相変わらずみたいだ。
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