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軽快に進むリアムの後ろについて走っていると、リアムが馬の速度を落としてロロの隣に並んだ。
僕も少しだけロロの足を遅くする。
リアムはいつになく真面目な表情をしていた。
「フィーの国にも魔獣はいるのか?」
「…いる。といっても僕は見たことがないんだけど」
「ふむ、やはりこの世界のどこにでもいるものなのか。イヴァル帝国では遭遇しなかったから、全て討伐されているのかと思った」
「よくはわからないけど…魔獣はとても怖いんでしょ?討伐は無理じゃない?」
「そうだよなぁ」
僕はリアムに向かって首を少し傾ける。
「リアムは魔獣を見たことがあるの?」
「ある。というか退治したこともある」
「えっ、すごい!怖くなかった?」
「怖いよりも興奮したな。こんな強そうな魔獣相手に俺の力はどれだけ通用するのかって」
「なんとなくわかってたけど…リアムって自信家だね」
「男なんて皆そうだろ?」
「そう…かな」
そんなことはない。王である母上や病に伏せっていた姉上でさえも自信に溢れていた。でも僕には自信なんて微塵もない。男だけど誰からも必要とされていない僕に自信なんてあるわけがない。
「だが…」
いきなり頭を撫でられて、僕は反射的に顔を上げる。
リアムが眉尻を下げた情けない顔で僕を見ている。
「今は少し不安だな。フィーといる時に魔獣が現れたら、フィーが傷つけられたらどうしようって怖いな…」
「…大丈夫だよ。僕も少しは剣と魔法が使える。自分の身は自分で守るよ」
「ダメだ!フィーは戦うなっ。俺が守ってやる!」
「……」
たった今不安だって言ったくせに。矛盾してるよ。
僕は今まで散々暗殺者に狙われてきたんだ。今さら傷ついたってどうってことない。せっかく王から逃げられたから生きていたいけど、魔獣に殺されたなら、それはそこまでの僕の運命だと受け入れる。だから守ってもらわなくてもいいよ。
僕が黙ってしまったから怖がっていると思ったのか、リアムが僕の頭を何度も撫でる。
その優しい手の感触に、僕はふいにラズールを思い出してしまい、胸が苦しくなった。
ラズールは今頃、姉上の側近として重宝されているだろうか。もう僕のことは忘れてしまったのかな。少しは思い出すことがあるのかな。あの国で唯一の僕の味方だったラズール。もう二度と会うことはないだろう。どうか呪われた子である僕のことは忘れて幸せになって。
まだ二週間も経っていないのにずいぶんと遠い過去のことのように感じる。大した思い出もない国だけど、僕は懐かしさに胸が締めつけられて、知らず知らずに涙を流していた。
「フィー、どうした?」
「…目にゴミが入ったみたい。でももう大丈夫だよ」
「そうか?」
「うん。早く先に進もう」
僕は泣いてることに気づかれないように、ロロの横腹を蹴って前に進んだ。
リアムが横に並ぶ前に素早く涙を拭いて顔を上げる。
リアムはしばらく心配そうに僕の隣に馬を並べていたけど、遠くに森が見えると手綱を握り直して背筋を伸ばした。
「あの森を抜けないとトルーキル国へと繋がる道に行けない。だがあそこには魔獣が出る。フィー、俺の傍を離れるなよ。無茶はするな」
「わかった」
僕が頷くとリアムも頷き返した。そして凛とした表情で僕の前に出た。
僕はリアムの後に続きながら、右手のひらに白い光の玉を作る。
うん、大丈夫。ちゃんと魔法を使える。ここしばらく使ってなかったから心配だったけど、自分の身くらいは守れる。
僕は右手を固く握ると、少し離れてしまったリアムの後を追いかけた。
高い木々に覆われた森は昼間でも暗かった。確かイヴァル帝国にもこんな森があるということを話に聞いてはいたけど。本当にいつ魔獣が出てきてもおかしくないくらいに怖いと思う。普通の人なら。でも何も持っていない僕は、怖いとは思わない。命を狙われ過ぎて怖いという感情はとっくの昔に消えている。
なのにリアムが、辺りを警戒しながら何度も僕に大丈夫だと言う。俺が守るから怖がらなくてもいいと。あまりにも心配してくれるから僕はつい「怖くないよ」と言ってしまった。
その瞬間、リアムが勢いよく振り向いた。
「フィー、俺を安心させようとしてるんだな。いいんだぞ、怖い時は怖いと言って。魔獣が出たら必ず俺を呼ぶんだぞ」
「…僕は剣も魔法も使える。魔獣とは戦ったことがないけど多少は大丈夫だと思う」
「フィー!頼むから危険に身を晒すな。俺に守られてくれ!」
「うん…」
リアムがとても真剣な顔で言うから、渋々小さく頷く。
でもねリアム、命懸けで僕を守ろうとしても危険はすり抜けて僕に届くんだよ。ラズールはいつも命懸けで僕を守ってくれた。それでも僕は数度、命を落としかけた。運命に抗って、思いがけずリアムに助けられてここまで生きてきたけど、本来なら生まれた直後に消える命だったんだよ。そんな僕を守ると言ってくれたリアムこそ生きて欲しい。だからね、僕が命懸けでリアムを守るよ。僕の運命はきっと変えられない。でもリアムはこの先も広い世界を見て輝いて欲しい。
僕はリアムと出会えたことに感謝する。リアムは僕の初めての友達だよ。もし離れることになっても僕のことを覚えていて欲しい。
リアムの広い背中を見つめながら願う。
あと少しだけリアムと旅がしたいという欲を持ってしまっていたけど叶わない。今度こそ僕はこの森で死ぬだろう。
今まで感じたことのない胸の痛みに気づいて、そっと息を吐いた。その時、どこからか恐ろしい咆哮が聞こえてきた。