「危ない!」
俺は咄嗟に彼女へ覆い被さった。
同時に腰に鈍い痛みを感じた。
その痛みに耐える。
その後、子どもの悲鳴を聞いた大人数人が助けてくれた。
「迅くん、迅くん!ごめんね!」
美月が大声で泣いていた。
「また……。泣いてる。泣くなよ?」
「だってっ!血が出てる!痛いでしょ!?」
犬に噛まれたところから出血し、服が血で滲んでいた。
「大丈夫だよ。これくらい。俺のせいで、泣かせてばっかりだ」
俺は美月の頭に触れようとした。
その時――。
「美月、大丈夫!?」
彼女のお母さんらしき人が駆け寄り、そのまま抱きしめた。
「お母さん!迅くんがっ!私のせいでっ!!私が転んだから!!」
その瞬間、彼女は急に何も話さなくなった。動きもしない。
「美月?美月!?どうしたの!?」
美月のお母さんが声をかける。
気を失ってしまったみたいだった。
俺は念のため病院へ連れて行かれ、家に帰ると、美月のお父さんとお母さんが家に来た。
父さんが
「いや、あれくらいの傷、なんともないんで。大丈夫です」
そう玄関先で伝えていたのを覚えている。
お酒を飲んでいなければ、《《普通》》の父だった。
俺がケガをしたことも怒られることはなかった。
数日後、美月のお父さんが一人で公園に来た。
「ごめんね。迅くん。怖い思いをさせて」
「大丈夫です」
なんだ、美月は一緒じゃないのか。
「これはおじさんからのお願いなんだけど、美月ともう遊ばないでほしいんだ」
「えっ?」
「美月、この間のことでショックを受けていて。今はお家でゆっくりしてる。それで……。何があったか覚えていないようなんだ。キミのことも忘れてしまっている」
俺のことを忘れた?嘘だろ。
「美月に怖いことを思いださせたくない。だからもう話さないでほしいんだ。ごめんね。この前、お詫びにキミの好きなものを買ってほしいとお父さんにお金を渡した。だからこれは約束してほしい」
お金?俺の好きなもの?
そんな話、父さんからは聞いてない。
結局、俺は返事をすることができなかった。
一カ月経った頃、美月を公園で見かけた。
お母さんと一緒だった。
てっきりいつものように俺に話しかけてくるかと思った。
遠くから見つめていると、目が合った。
でも、美月が俺に話しかけてくることはなく「早く行くわよ!」お母さんにそう言われて、足早に去って行った。
本当に俺のこと、忘れちゃったのか。
もういつものように「迅くん!」と言ってくれることはない。
そう考えると、とても悲しくなった。
美月と一緒に居る時間が、楽しくて、なんだかドキドキして、可愛くて……。
これって、美月のことを好きだったってことだよな。
美月は俺のこと、どう思ってたんだろう?
その日、美月という大きな存在を失ったと確信した日――。
「ただいま」
外が暗くなったため、家に帰った。
引っ越した家は、前に住んでいたアパートよりもボロボロの木造アパート。
父さんも新しいお母さんもお金がないみたいだった。
「おかえり」
新しいお母さんが声をかけてくれる。
部屋を見渡す。
父さん、まだ帰ってきてないんだ。
「ね、迅くん。《《今日も》》お母さんと楽しいことしようか?」
お酒の匂いがした。
嫌な予感がする。
楽しいこと、お母さんはいつもそう言って俺を――。
「いやだ」
後ずさりをした。
逃げたい、ここから逃げたい。
でも……。
どこにも逃げるところがないことはわかっていた。
お母さんが俺の手を掴む。
所詮はまだ子ども。力では敵わない。
必死に抵抗すると
「お父さんにバラすよ。《《初めて》》じゃないんだから、もう観念しな」
力が抜ける。
洋服を脱がされ、そして――。
「やめて!お母さん!」
…―――…―――――――…・――――
パッと目が覚めた。
嫌な汗をかいている。
「大丈夫?加賀宮さん。うなされてたけど。お水飲む?」
美月が心配そうに俺の顔を覗いていた。
「あぁ……。悪夢を見た。ごめん。水ちょうだい」
「うん」
彼女は立ち上がり、水を持って来てくれた。
俺は起き上がり、彼女から水を受け取る。
身体が怠い。
「ごめんね。加賀宮さん、うどん作ろうと思ったんだけど、加賀宮さんすぐ寝ちゃって。起こしちゃうのも嫌だったし、なんだか苦しそうだったから、心配で。まだ作ってない。今から作るから、ちょっと待ってて」
美月に氷枕を置かれた後の記憶がない。
俺はすぐ寝ちゃったのか。
「いや、俺の方こそごめん。何時間くらい寝てた?」
「えっと、そんなに寝てないよ。三十分くらいかな」
体調が悪いと必ずと言っていいほど、過去の思い出したくはない悪夢を見る。今日は、小さい頃の美月が夢に出てきてちょっとはマシだったけど。
「ねぇ、大丈夫?顔色悪いよ。そんなに酷い夢を見たの?嫌な夢は、人に話した方が良いってどこかで聞いたことある。迷信かもだけど。私で良かったら聞くよ」
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