彼の頭の下に氷枕を置いた後――。
キッチンに立ち、食事の準備をしていた。
そういえば、加賀宮さんって嫌いな食べ物とかあるのかな?
念のため聞きに行こうとしたら、もう彼は寝ていた。
せっかく眠れたのに起こしちゃうのも可哀想だと思い、しばらく何もせず近くに座っていた。
彼の顔をチラッと見る。
「綺麗な顔……」
思わず呟いてしまったが、なんだか苦しそうだった。
声、かけた方が良いかな。
「加賀宮さん、大丈夫?」
小声で訊ねるも、彼はまだ寝ていた。
苦しそう、大丈夫かな。
起こそうか悩んでいると、彼がパッと目を開けた。
起きたみたいだった。
私が水を渡した後も顔色が悪くて。
風邪とか熱とかじゃなくて、悪夢ってやつのせい?
「ねぇ、大丈夫?そんなに怖い夢見たの?嫌な夢は、人に話した方が良いってどこかで聞いたことある。迷信かもだけど。私で良かったら聞くよ」
きっと話してくれない。
「大丈夫」彼ならそう言うと思っていた。
でも彼は
「昔の夢。子どもだった頃の……」
そう教えてくれた。
加賀宮さんの子どもだった頃の夢?
どんな子だったんだろ。
「うん。それがどうして悪夢?」
「話したら……。美月に嫌われる」
子どもの頃の話なのに、どうして私が加賀宮さんのことを嫌いになるの?
嫌われるって、そんなことを言う彼は、本当にいつもの彼らしくない。
自信満々で、何でも知っていて、強気で、仕事もできる加賀宮さん。
身体はもちろん、精神的にも疲れてるのかな。
加賀宮さんには酷いことされたけど、結局はいつも助けてくれて。
悪い人じゃないって、それだけは今わかるから――。
「どうして嫌いになるの?あんなことされて、許せないって思ってたけど。今は加賀宮さんに感謝してる。だから教えて?あなたのこと、知りたい」
ふぅと彼は一呼吸したあと
「子どもの頃、血は繋がっていない母親に性的虐待を受けてた。父親はアルコール依存症で。結局、母親に行為を強要されてた時に、酔った父親が帰ってきて。父親は母親じゃなく、《《俺》》を責めて。ボコボコになるまで殴った。様子がおかしいって近所が通報してくれたおかげで俺は助かったけど。それから保護されて、施設で育った。体調が悪い時はいつも悪夢を見るんだ」
えっ……。
淡々と話す彼。私は内容を頭で整理するのが精一杯だった。
加賀宮さんのこと知りたいって思って聞いた。
私が触れても良かったのか?そう考えさせられる過去に言葉が出てこない。
「あの、ごめんなさい。そんな辛いこと……」
「いや。なんでだろうな。話すつもり、なかったのに」
あーと彼は声を出し
「過去のせいにしちゃダメだけど、だからどうやって人を愛せば良いのかわからない。愛情表現が歪んでるんだ、俺」
私はなんて答えてあげれば良いの……?
少しでも彼の気持ちを楽にしてあげたい。
「美月、今日はもう帰って大丈夫だよ。あと、もう《《ここに来なくていい》》」
「えっ?」
突然のさよならとも言える発言に混乱する。
「どうして……?」
ドクンドクンと心臓が鳴っているのがわかる。
それは大好きな人との別れのように、嫌だって身体が反応しているんだ。
私、加賀宮さんのこと……。
「ここに来たら俺は美月の身体を……。美月の全部を求めちゃうから。もう傷つけたくない」
彼と二人で会えなくなるの?
こうやって普通に話せなくなるの?
「なっんで……?そんなこと言うの……。私、《《迅くん》》と話すの楽しいのに」
身体が自然と動いた。
私は彼を後ろから抱きしめていた。
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