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第2話:ジェミニと放送事故
生成AIジェミニはこのように回答した。
『現在の状況を鑑みるに、初期投資ゼロで承認欲求と収益を同時に満たす最も現実的な手段は、無料アバターを用いた「個人勢VTuber」としての活動です。既存のプラットフォームと無料ツールを組み合わせることで、あなたのような状況でも資本を持たずにエンターテインメントを生み出せます。いわば、原価ゼロの錬金術と言えます』
数秒後、画面に吐き出された文字列を見て、俺は思わず息を呑んだ。
原価ゼロの錬金術。
なんと甘美な響きだろうか。
これまでの人生、何かを始めるには必ず金がかかったし、その度に挫折してきた。だが、AIは「金など一円もかけずに錬金術ができる」と俺の背中を押している。
「よし……やってやる。俺の持てるすべての設定を、世界に叩きつけてやる!」
俺はすぐさまAIに『最強で、めちゃくちゃカッコよくて、誰もがひれ伏すVTuberの設定を考えて』と指示を飛ばした。
俺は昔から設定を考えるのだけは得意なのだ。本編は一行も書いたことがないが、脳内には常に最強の物語が渦巻いている。
出来上がったのは『深淵なる魔界から追放されし第十三魔王。人間界の魂(スーパーチャット)を糧に、かつての帝国を再建しようとする孤高の反逆者・ルシフェル』という、中二病を致死量まで煮詰めたような設定だった。
アバターはフリー素材の配布サイトで拾ってきた「量産型の銀髪オッドアイ青年」。
マイクは数年前にディスカウントストアのワゴンセールで買った千円の安物。
PCは言うまでもなくカクカクの骨董品だ。
だが、準備は整った。
失うものは何もない。あるのは、有り余る時間と社会へのルサンチマンだけだ。
「配信開始、と……」
震える指でマウスをクリックし、俺は全世界のインターネットの海へと漕ぎ出した。
「ククク……よく来たな、脆弱なる人間どもよ。我が名はルシフェル。魔界の深淵より……ゲホッ、ゴホッ! オエッ」
喋り始めて三分で、四十代の気管支が悲鳴を上げた。
無理もない。普段、コンビニの店員と「袋いりません」のやり取りすらしない日があるのだ。長年使われていなかった喉の粘膜は完全に弱りきっており、魔王の低いイケボを作ろうとした途端に盛大にむせてしまった。
涙目で咳き込みながら、俺はチラリと画面の端を見る。
同接(同時接続者数)を示す数字は、無慈悲にも『0』のまま微動だにしない。
「……フッ、恐れをなして逃げ出したか、人間ども。まあいい、我は焦らぬ。悠久の時を生きる魔王にとって、この程度の……ゲホッ」
十五分経過。同接0。
三十分経過。同接0。
「…………」
ルシフェルは完全に沈黙した。
誰もいない暗闇に向かって、一人で魔界の帝国再建について語り続ける苦行。虚無感が、なけなしの気力を根こそぎ奪っていく。
「やめだ、やめ。どうせ誰も見てねえし。バカバカしい」
俺はパイプ椅子から立ち上がった。
配信ソフトの『終了』ボタンをクリックした……つもりだった。だが、カクカクの限界スマホと連動させたポンコツPCは致命的な処理落ちを起こしており、画面がフリーズ。無情にも、配信は繋がったままになっていたのだ。
そんなこととは露知らず、俺は画面から顔を逸らし、重い足取りで台所へと向かった。
戸棚から取り出したのは、スーパーの特売で買ってきた百五十円のインスタントラーメン(みそ味)。
小鍋でお湯を沸かし、具材などという贅沢なものは一切入れず、ただ粉末スープを溶かすだけ。
ズルッ、ズズズッ。
安っぽい麺をすする音が、静まり返った四畳半に響き渡る。
……そして、切り忘れられた千円の安物マイクを通して、全世界へと放流されていく。
「あー……うまっ」
胃袋に温かい塩分とジャンクな脂が染み渡ると、俺の口から、魔王の威厳など微塵もない限界中年としての本音がどろりと漏れ出した。
「……働きたくねぇ」
ズズッ。
「ハローワークとかマジで行きたくねえ……。ケースワーカーの鈴木のやつ、いちいち就労意欲とか聞いてきやがって……意欲なんかあるわけねえだろ。こっちは朝起きるだけで精一杯なんだよ……」
鍋から直接ラーメンをすすりながら、ただひたすらに社会への愚痴をこぼし続ける。
「才能がある若いやつはいいよなぁ。どうせ俺なんか、何者にもなれないまま、こうやって特売の麺すすって死んでいくんだ……。あー、腰痛ぇ。パイプ椅子硬すぎだろ……」
誰もいない部屋で、一人ごちる。
この時、俺は知る由もなかった。
ひょんなことからYouTubeのアルゴリズムのバグに引っかかり、たまたま迷い込んできた数人のネットサーファーが、この『魔王の皮を被った底辺おじさんの限界独り言』をリアルタイムで目撃していたこと。
そして、その中の何者かが「哀愁がエグすぎる」「ガチの闇を見た」と震える手で画面録画を回し、切り抜き動画としてSNSに放流しようとしていたことを――。
コメント
1件
あーこれめっちゃ好きだわ!笑ったw 魔王ルシフェル名乗って「ゲホッゴホッ」ってむせるところから既に面白いし、その後の「働きたくねぇ…」ってラーメンすすりながらの愚痴配信、完全に放送事故じゃん!でもそれが偶然誰かに見られてて、しかも切り抜き回されそうになってるオチが最高すぎる。 千円マイクで拾われる「ズズッ」って音の生々しさよ…。ただの底辺おじさんの独り言がバズる予感、続きが気になる!
こよい
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