テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
l 。 l 🏐
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の部室。夕闇が部屋の隅々まで這い上がり、窓の外ではカラスの声が遠く、不吉に響いている。
パイプ椅子に座らされた私の膝の上に、見覚えのある薄い長方形の機械が、無機質な重みを伴って置かれた。
私の、スマートフォンだ。
「……ねぇ、紬。これ、パスコード教えて」
背後から回された角名さんの腕が、私の肩を逃げ場を塞ぐように重く、熱く包み込む。
耳元で囁かれるその声は、どこまでも平坦で、感情の起伏が削ぎ落とされている。だからこそ、一寸の拒絶も許さない絶対的な響きを帯びていた。
「っ……、角名、さん……。それは、その……プライバシー、というか……っ、友達との会話とかも、あるし……っ」
「プライバシー? ……君の身体も、心も、俺が全部管理してあげてるのに。今さら、俺に隠し事したいの? ……それとも、俺に見せられないような男でも、この中に囲ってるわけ?」
角名さんの、長く節くれだった指が、私の首筋に生々しく残る「痕」を、見せつけるように執拗になぞった。
皮膚が粟立ち、心臓が警鐘を鳴らす。私は抗う術を失い、震える指先で、液晶画面の数字を一つずつ、自らの処刑台の階段を上るようにタップした。
(カチャリ、とロックが外れる微かな音が、私の自由が完全に潰える音のように聞こえた。)
角名さんは満足げに目を細めると、私の手からスマホを奪い取り、慣れた手つきで画面をスライドさせ始めた。
メッセージアプリの通知、通話の履歴、SNSのタイムライン……。
彼は一つひとつ、時間をかけて、まるで獲物の内臓を検分するように、舐めるようにチェックしていく。
「……この『佐藤』って奴、誰。……同じクラス? なんで昨日、夜の十時にスタンプ送ってきてるの」
「ただの、明日の持ち物の確認で……っ、返信も、スタンプ一つ返しただけで……っ!」
「ふーん。……返したんだ。……消しといて、今すぐ。目障りだから。……あと、このクラスのグループラインも、今ここで抜けて。君には、俺がいれば十分でしょ。他の奴の情報なんて、ノイズでしかないんだから」
彼は淡々と、事務的な冷徹さで、私のこれまでの人間関係を指先一つで切り捨てていく。
画面を操作する彼の横顔は、まるでバレーの試合中に相手の隙を分析している時のように、一点の曇りもない集中力と、恐ろしいほどの静寂に満ちていた。
やがて、彼の指が『写真フォルダ』のアイコンで止まった。
「……あ。これ、俺じゃん。……すごいね。何百枚あるの、これ」
画面に映し出されたのは、部活中に私がこっそりと、息を殺して撮り溜めていた、角名さんの無防備なあくびや、スパイクを打つ瞬間のしなやかな背中のライン。
「俺以外撮らなくていい」という、あの狂おしい命令が下される前の、私の純粋で、臆病な憧れが詰まった結晶たち。
「……これ、全部隠し撮り? ……四ノ宮、君って意外と執着心強いんだ。……可愛いことするね」
角名さんはクスクスと、低く喉を鳴らして笑うと、私の頬を自分の汗の匂いのする肩に、無理やり押し付けた。
「でも、これからは君のフォルダ、俺との写真だけで埋め尽くしてあげる。……他の奴が映り込んだゴミみたいな思い出、俺が全部、上書きして消してあげるから。……ほら、こっち向いて」
彼は自分のスマホを取り出すと、私のスマホと画面を並べて、逃げ場のない至近距離でシャッターを切った。
パシャリ、という乾いた音と、フラッシュの白い光が、薄暗い部室を一瞬だけ暴力的に白く染める。
「……待ち受け、今撮ったこれにして。……次、誰かに画面を覗かれた時、君が誰のものか一発で分かるように。……いい?」
デジタルという名の、目に見えない鎖が、私の首に何重にも巻き付いていく。
手のひらの中にある小さな世界さえも彼の絶対的な支配下に置かれ、私は一歩ずつ、確実に「角名倫太郎」という名の、心地よくも残酷な檻の中に閉じ込められていった。