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l 。 l 🏐
キュッ、キュッ、とフロアを激しく鳴らすシューズの摩擦音。
体育館の空気は、練習試合を間近に控えた独特の熱気と緊張感で、肌がじりじりと焼けるように一段と張り詰めていた。
私はマネージャーとして、スクイズボトルへのドリンク補充やタオルの準備に追われながらも、常に背中に突き刺さる、あの一切の温度を欠いた「視線」を意識せずにはいられなかった。
(……見てる。角名先輩、ずっと、一瞬も逸らさずにこっちを見てる……)
ネットの向こう側、ブロックの構えに入る角名さんの三白眼は、飛んでくるボールの軌道ではなく、常に獲物を監視する捕食者のように、私という存在だけを捉えて離さない。
一歩動くたび、誰かと視線が交差するたび。その視線は、目に見えない粘りつくような細い糸となって私の手足に絡みつき、自由な呼吸さえも奪い去っていく。
「おーい、四ノ宮! 次のセットのスコア、こっちのベンチに置いといてくれへん?」
不意に横から声をかけてきたのは、宮侑先輩だった。
いつものように屈託のない、人懐っこい笑顔で歩み寄ってくる彼に対し、私は「はい、わかりました」と、マネージャーとしての職務としてごく自然に返事をして、手渡された資料を両手で受け取った。
その、ほんの数秒、時間にして五秒にも満たないやり取り。
(ゾクッ……!)
背筋を駆け抜けたのは、鋭利に研ぎ澄まされた氷の刃で、生肌を直接撫で上げられたような凄まじい戦慄だった。
振り返らなくてもわかる。コートの中央、次のラリーに備える直前の角名さんが、一切の感情を殺し、ただ純粋な「拒絶」だけを宿した瞳で、私と宮先輩の距離を射抜いている。
その視線には、昨日までの「意地悪な先輩」としての余裕など微塵もなく、ただドロりと黒く濁った、致死量の嫉妬という名の毒が混じっていた。
「……四ノ宮。ちょっと、こっち来て」
セット間の短い休憩、給水のために戻ってきた角名さんが、ドリンクを受け取る動作を装いながら、私の細い手首を、逃がさないと言わんばかりの力で掴み取った。
そのまま、他の部員や監督からは死角になる、審判台と支柱の裏の狭い隙間へと、強引に私を引きずり込んでいく。
「っ……、角名、さん……っ、痛い、です……っ、離して……っ」
「……侑さんと、何話してたの。あんなに嬉しそうに、無防備な顔して」
低く、地を這うような、地鳴りに似た響きを含んだ声。
彼は私の手首を、骨の芯が軋むほどの暴力的な力で握り締めると、退路を完璧に塞ぐようにして、鼻先が触れ合うほどの至近距離まで顔をねじ込んできた。
激しい運動を終えたばかりの、沸騰するような熱い呼気が私の頬に叩きつけられる。けれど、その三白眼だけは、絶対零度の氷原のように冷徹で、暗い。
「ただの、スコアの連絡です……っ、笑ってなんてません……っ!」
「嘘。……君、侑さんに名前呼ばれて、一瞬だけ頬を緩めてた。……俺以外の男に、そんな顔見せるなって、昨日も、一昨日も、何度も言ったよね。何回言えば、その足りない頭に『俺の所有物』だってことが染み込むわけ?」
角名さんの長く骨ばった指が、私の顎を強引に、指の跡が白く残るほどの強さで持ち上げ、無理やり自分という毒だけを見つめさせる。
彼は私の唇を、親指の腹で、皮膚が擦り切れるほど乱暴になぞり、昨日のスマホチェックで見つけ出した「他人の痕跡」をすべて根こそぎ上書きするかのように、執拗に圧をかけ続けた。
「……紬。君は俺の専属マネージャーでしょ。……他の奴に触られたいなら、今ここで、その高い声で助けでも呼んでみなよ。……ほら、できるの?」
耳元で、牙を剥くような低い、けれど甘い痺れを伴う独占の囁き。
周囲には部員たちの威勢のいい声やホイッスルの音が鳴り響いているのに、この狭い支柱の裏側だけは、彼が放つどす黒い毒で酸素が薄くなり、意識が遠のいていく。
「……っん、……あ……、だめ……っ」
「いいよ、もっと震えて。……俺のせいで、俺のことだけ考えて、君の頭の中をぐちゃぐちゃの廃墟にしてあげるから」
角名さんは満足げに、獲物を仕留めた蛇のように目を細めると、私の首筋、制服の襟をどんなに立てても隠しきれない、最も目立つ場所に。
これからコートに戻る宮先輩や、他校の連中に見せつけるかのような、より深く、より鮮明な「独占の刻印」を、熱い唇で焼き付けるようにして深く押し当てた。
攻略不可の先輩による、私の日常をじわじわと蝕んでいく「嫉妬の毒」。
私は、彼の張り巡らせた逃げ場のない蜘蛛の巣の中で、もがけばもがくほど、深く、深く、角名倫太郎という唯一無二の色に染め上げられていった。
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