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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第65話 〚笑われた感情の正体〛(恒一視点)
最近、
俺は澪に何もしていない。
話しかけてもいないし、
近づいてもいない。
視線すら、ほとんど向けていない。
——それでいい。
教室の隅。
放課後に近い時間帯。
恒一は一人、机に向かって勉強していた。
ノートを開き、ペンを動かす。
集中しているように見えて、頭は冷えている。
そこへ——
足音が近づいた。
「なあ、恒一」
顔を上げると、
クラスの男子が二人、にやにやしながら立っていた。
「最近さ」
「お前、大人しくない?」
笑い混じりの声。
「澪に全然絡んでないじゃん」
「もう冷めたんじゃね?」
もう一人が、からかうように言う。
「ていうかさ」
「お前、本当に澪のこと好きなのかよ?」
——ああ。
その言葉で、
何かが、すっと定まった。
恒一はペンを置き、
ゆっくり顔を上げる。
笑わない。
怒鳴らない。
ただ、静かに言った。
「好きだよ」
友達は一瞬きょとんとしてから、
吹き出した。
「は? マジで?」
「冗談だろ」
恒一は、続けた。
「好きだ」
「澪の声も、表情も、考え方も」
「不安になるところも、守られてるところも」
言葉は、止まらない。
「笑うタイミング」
「黙る癖」
「自分より他人を優先するところ」
淡々と、
でも確実に。
「全部、好きだ」
「嫌いな部分なんて、一つもない」
教室の空気が、変わった。
さっきまで笑っていた友達の顔から、
表情が消える。
「……ちょ、恒一?」
「なんか、怖いんだけど」
恒一は首を傾げた。
「怖い?」
「好きって、そういうものだろ」
声は低く、落ち着いている。
「触れなくてもいい」
「見なくてもいい」
「そばにいなくてもいい」
一歩も近づかずに、
こう言った。
「澪は、俺の中にいる」
その瞬間、
二人は完全に言葉を失った。
冗談のつもりだった。
軽くからかうつもりだった。
——でも。
これは、
軽い好意じゃない。
「……悪かった」
「もう、何も言わない」
そう言って、
二人は足早に去っていった。
教室には、
また静けさが戻る。
恒一はノートに視線を戻し、
何事もなかったようにペンを動かす。
(恐れる必要なんてない)
俺は、何もしていない。
——まだ。
窓の外では、
夕日が沈みかけていた。
澪は、知らない。
自分が、
こんなふうに“想われている”ことを。
そして——
この静けさが、
いつまで続くのかも。
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