テラーノベル
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時は数ヶ月前に遡る
「見ろよあれ!」
「ガハハ!醜いやつだ!」
(向こうが騒がしいな…)
「やや、あんたまさか、玄恵和尚かい? 」
どこぞの商人が、目を輝かせながらその人に尋ねる
「ええ、いかにも」
「こりゃあ驚いた!」
「いやはや、少しの息抜きというもので、こちらまで尋ねに来たのですよ。」
「そうですかそうですか、ここはいいとこですんで、ゆっくりしてってくださいな」
「ええ、ありがとうございます。時に商人さん、あちらの方が騒がしく思えますが、あれは一体何を?」
「ああ、最近そこで素人の小僧が、何やら奇妙な猿楽をしていましてね。最近はもの見たさか、はたまた客がついたのか…よく人だかりが出来るわけです。」
「ほう、若きお人が猿楽を…」
「決して寺のお人に見せられるものでは…」
「ご忠告は受け取りますが、大変興味があります。少し見物してみましょう。」
「は、はぁ…(寺のお人が猿楽を…珍しいお人だ)」
「ささ、どれどれ」
「ちょいあんた!釣り銭忘れてるよ!」
「いんや俺は釣り銭なんか出んように、ぴったし払った!」
「いやこの銭はあんたのもんだよ!」
「何を!」
(ほぅ…これは面白い)
「商人さんや」
「はい?」
「彼の名はなんと申すのですか?」
「ああ、あの小僧ですか。万五郎ですよ、万五郎。」
(万五郎…か。)
「ありがとうございます。ではこれにて」
「は、はぁ…」
そして現在
「準備はいいんか?」
「私にその心配は無用だ。」
「鼻につくやつだな… 」
「お前には負ける」
「それほどでもねぇよ!」
「褒めてないわ! 」
「…じゃあ、行ってくるから、支度しておけ」
「ああ、後でな(舞台慣れしてるな、こいつ)」
明るく広い演目間に1人。そして、それをこの狭く暗い控えから除くものが1人
「おもしろや天ならで…ここも妙なり天津風……!」
「よっ!犬王ー!」
「流石だー! 」
(褒められてるのは頭に来るが、やっぱりすげぇ…俺も負けてらんねぇ!)
「おい、万五郎。もうすぐ間だぞ」
「ああ…」
「緊張してるのか?お前らしくないな」
「違うわ!ワクワクして仕方ないだけじゃ!」
「あーはいはい、そりゃ悪かった」
「…おい、万五郎」
「なんじゃ」
「結果はどうあれ、楽しんでこい」
「犬王…」
「早く行け」
「…おう!」
この灼熱はあろう控えよりも熱く、静かに燃えたぎる意思があった。
「さあさあおいで!街を騒がす立役者、若き猿楽師、万五郎が仕掛ける『狂言』の開幕だ!」
「ほぅ、狂言とな?」
「万五郎のやつ、ここ(猿楽)に拾われたのか…」
「(あれは…少し前に見た猿楽の少年か…)」
「なあ、お初。今日こそわしと、一夜共にしておくれ…」
「与吉!そなた、昨日街場でおなごを連れ回していたではないか!」
「な、なななにを!わしが不義を起こしてるというか!」
「がははは!」
「ははは!」
「(これは面白い…万五郎とやら、ぜひ語らいたい)」
かくして演目は終わり
「ふう!疲れたわ」
「相も変わらず下品な台本だ…」
「台本なんかないぞ?」
「なっお前!粗雑が過ぎるぞ!」
「俺が稽古中に、台本出したことでもあったか? 」
「い、言われてみれば…お前、あれその場の即興なのか!?」
「ああ、そうだけど」
「…はあ、いいか?型が全てのこの世界。型無き芸に価値は在らずだ。今すぐにでも台本を作れ。」
「…ああ、わかった。ただ、俺じゃそんな高尚な物は作れないもんで、作ってくれるやつを探すよ。」
「今日は試しの1回きりだったからたまたま!上手くいったが…台本なしではそれは絶対に無理だ。今後をよく考えるべき…」
「わかってるよ!今日中に探すさ!」
「一刻も早くそうしろ。」
「(嫌味なやつ…)」
「おい、万五郎!大成功じゃねぇか!犬王もお手柄だ!」
「光栄です。」
「楽勝じゃ!」
「はっはっは!そりゃ良かった。それを話に来たのもだが…万五郎、お前に客がおいでだぞ。 」
「俺に?」
スラスラと足速に、客がいる間に向かう。心当たりもなき者に、期待と不安が入り交じる。
「お待たせしまいた。万五郎です」
「ああ、万五郎さん」
どこかの寺のお人であろう者が、客間のそこで礼儀も正しく座っている。
「どちら様で」
「私は玄恵というものです。 」
「ええ!玄恵って…後醍醐天皇の家庭教師で、足利とよく話してる、あの 玄恵和尚?! 」
「ええ、あの」
「でぇぇ!偉い寺のお人が来たもんだ!」
「はっはっは。元気なお人だ。」
「で、その玄恵和尚が、俺になんの用で?」
「あなたの話に惹かれましてね、飲み屋にでもどうかなと。」
「お、いいですね!行きましょ行きましょ!」
「私相手に敬語は必要ないですよ。」
「じゃあお言葉に甘えて」
「いつもの万五郎で安心しましたよ」
夜の街は万五郎にとって特別だった。燈もともらんこの道は、いつもと違う世界に来たようで、高鳴る胸は、隣に玄恵和尚がいる緊張を一瞬で解いた。
「じゃあ、酒をいただきましょう」
「あ、俺も」
「はいよ!」
刻が少し過ぎた後
「でさぁ!その時犬王がさぁ!」
「ふはは!」
「いやぁ、やはりあなたは面白いお人だ!」
「いやいや!それほどでも!」
「ははは、時に万五郎さん。」
「ん?」
「あなたの『狂言』。台本がないようにお見受けします。」
「え!なんでわかったの?!」
「ふふ。私にはわかるのですよ。」
「そうなんだよ!今日犬王にグチグチ言われてさぁ!」
「ははは!それは災難で、…しかし犬王の気持ちも分かりますよ。」
「若き頃から型を習ってきた、いわば人生を猿楽に捧げたお方だ。彼から見たあなたはさぞヘンテコなんでしょう。」
「そっかァ…(あいつも苦労してんだな) 」
「で、台本の件は…」
「んーどうしようか考え中!」
「自分で作れないのなら、ほかのお人に頼るのも手ですよ。」
「そうだなぁ…」
「じゃあ、あんたが作ってくれよ」
「はい?」
「だーかーら!玄恵和尚、あんたが作ってくれよ!」
「…ふふ」
「ははは!面白いお人だ!」
「ダメなのか?」
「…いいでしょう!この私、玄恵自らが作ってさんぜよう!」
「決まりだな!」
狂言の目、誕生の瞬間である。
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