気まぐれで書いてみた曇らせー
『オトヤが厄災の原因だった話』
魔女裁判は終わった。八人の魔女は処刑され、この世に魔女は完全に居なくなった。そのはずなのに。
「なぜまだ、暗黒の渦が消えないんだろう……」
大雨に打たれる窓ガラスに触れ、ナタリーは一人ボヤいた。いつも威厳のある言葉遣いは消え、半ば疲れ諦めたような声が響いた。髪のブロンドのメッシュも、今や髪の四分の一を占めていた。それほど暗黒の渦が消えないことは、彼女にとって暗い影を落としていた。
こんこんっ、と部屋の扉をノックする音がした。慌てて女王としての顔を取り繕い、返事をする。
「入れ。」
「ナタリー。」
「……オトヤ?」
彼女にとって彼の訪問は意外なものだった。彼は6年前、ナタリーが即位してから、プライベートの関わりは皆無に等しかった。そんな彼が、来訪してくるだけでも十分珍しかった。
「暗黒の渦、消えてないんだよな。」
「あぁ、早急に次の策を講じる。今回の件、とても申し訳なく思っている。今はゆっくりと休暇__」
「俺のせいかもしれない。」
彼女が繕うように言った言葉に被せるように、彼はそう言った。先程から俯いていて、悲しげな表情をしていたのは分かっていた。だがおそらくその理由は、今回暗黒の渦が消えなかったことでは無い。今彼が言った言葉に大きく関係していると、ナタリーの心は確信していた。
「……どういうこと。」
「ナタリーは1番魔女と関わっていた。だからこそ分かるはずだ。」
オトヤはシャツのボタンを一つ外して、クイッと首元を見せるように引っ張った。首元には見慣れない、黒い文様のようなものが浮かんでいた。普通の人間なら分からないのかもしれない。だが彼女には分かっていた。魔女について調べ、誰より間近で見てきたのだ。
「魔女の魔法陣……」
「多分、この魔法陣が暗黒の渦の消滅を阻害してるんだ。」
「魔女の魔法が現存していると考えるなら、有り得る考察だとは感じる。だが、だけどオトヤ。どうしたいの。」
もうすっかり女王のメッキは剥がされてしまったらしい。久しぶりに年相応の少女の話し方をするナタリーに苦笑しながら、オトヤは少しだけ感じていた。この女王は勘がいい。勘がいいからこそ、次言うことがわかってしまう。それを否定して欲しくて、この質問をしたんだ。それに罪悪感を覚えながら、彼は自身の要求を口にした。
「簡単な話だ。何も難しくない。」
「俺を殺せ。魔女と同じように。」
ナタリーの顔から一気に血の気が引くのを見て取れた。信じたくないというような様子で、瞳が忙しなく揺れている。
「きっと俺の中には魔女の意思が残留してる。それは殺さなければ絶つことが出来ないんだ。」
「まだ、まだ可能性の域を出ないんでしょう?ならそんなことする必要なんて」
「可能性は徹底的に潰す、前に君が言ってたことだろう?」
かつて自身が言った言葉で、自身の首を絞めているとは何たる皮肉か。彼女は多すぎる情報量を咀嚼し、躊躇い、目を瞑り、こういった。
「いいだろう。今この場、女王の名において、勇者オトヤ・カワイの処刑を宣言する。」
ナタリーはオトヤを連れ、城の地下へと向かう。彼の処刑は秘匿なのだ。城に使えた大臣以上の立場の者でなければ、知ることを許可しないことを彼女は宣言した。勇者一行や国民には「西方の竜退治に向かい、そこであえなく戦死した。」と伝えることを彼と彼女の間で決めた。このことを知れば、きっと勇者一行は二度と希望を持つことが出来ない。特に彼女、カナデには知られてはならない。口には出さなかったが、二人ともそれを理解していた。ランタンの少し暖かい光が、地下のひんやりとした空気を溶かしていく。そのまま、コツコツと地下への階段を下っていき、やがて最果てへとたどり着いた。ぎぃ、と開けた扉の奥には無数の剣があった。
「……本当に、私にやらせる気なの。」
「これが知られればまずいだろ。君は絶対に口を割らない。」
「……」
彼は受け入れるように両手を広げ、その時を今か今かと待っている。緊張の表情は見られず、ナタリーを落ち着かせるように穏やな顔をしている。ナタリーは無作為に剣を選び、その切先を彼の心臓へと向ける。その行動と、彼の笑みが、たった二年の王宮での共同生活を甦らせた。
勇者である彼彼女らがどこへ行く時も雛鳥のようについて行き、侍女を困らせた。彼らと共に王宮を抜け出し、迷子になって怒られた。女王に即位した時に、彼らに悲しそうな顔をさせた。……そういえば剣の訓練、一緒にしたっけ。この剣、あの時訓練したのと一緒のやつだな。そんなくだらないことが彼女の脳みその半分を支配していた。共にした訓練の感覚が、今呼び起こされる。あの時はカカシに向かって、それで、今は、今は___
肉を潰す嫌な感覚と音が、静かな部屋に響いた。剣は彼の心臓へと深く突き刺さり、ぽたぽたと赤い血液が滴り落ちていた。思わず剣を手放すと、彼の体はたちまち崩れるように倒れた。仰向けで倒れた彼の表情は、安堵のような、哀憐のような、なんとも言えない表情をしていた。初めて王の間で会った、あの時に似た顔。
長年堪えていたものが、溢れ出した気がする。もう人間性なんてすり減っていたと思っていた。ずっと謝りたかったのだ。身勝手に彼女達魔女を処刑したこと。その事情も理由も従者にとって納得のいくものではなかったことも。今こうして、ないがしろにしていた友人の1人を失ったことも。ずっとずっと、謝りたかったんだ。孤独な地下室に、涙の落ちる音と謝罪が木霊し続ける。
何かおかしい。それに気付いたのはついさっき。朝起きた時、同じ部屋に住むお兄ちゃんはそこにいなかった。だけど朝、訓練している姿を見たから、珍しく早起きしただけだと思っていた。でも大雨が降って訓練が中止になっても、お兄ちゃんは一向に私の前に姿を表さなかった。おかしいな、今日は全然会えない。そんな気持ちはあったけど、大袈裟に捉えていなかった。自室に戻って、ようやく気付いた。これは相当おかしい事態だ。
誕生日プレゼントとして渡して、全くつけてくれなかったブレスレットが、机にない。いつも壊すといけないから、と殆ど観賞用になっていたのを、私は知ってる。なら何故、彼は今つけてるんだろう。記念日?そんなの私が忘れるわけない。なにか特別な用事?それなら私に言うはずだ。……私には話せない、なにか特別な要件ならどうだ。それなら、彼に一向に会えない理由とも合致する。
いつもはそんなわけないと否定してる脳みそが警鐘を鳴らした。早く行け、兄の所に。手遅れになる前に。体は案外、素直に言うことを聞いた。扉を乱雑にあけ、王宮の至る所にいる兵士に、片っ端から話を聞きに行った。なりふりも構っていなれなかった。ほとんど脅迫のような形で聞き出した。そこである兵士が情報を話してくれた。
『地下の方に、彼は行きましたよ。女王陛下と一緒で、話しかけることはできませんでした。』
女王陛下、ナタリーと?そんなの尚更おかしい。彼らは長らく公務上話していなかった。公務上でそうなら、プライベートだとさらに減るはずだ。なのに彼らは今一緒にいる。なぜ?
ナタリーがお兄ちゃんを連れて何をしようとしてるかなんて、私には皆目見当もつかないけど、今はとにかく走った。勘違いであると納得するために、雨で湿った廊下を走り続けた。地下室入口前に居た兵士十数名は無理やりオトした。それでも残った数名から逃げるように、地下室を下っていく。下っていけば行くほど、脳の警鐘と体の震えは増えていく。地下室の前の兵士の数、ナタリーが秘密裏に動くということ、ブレスレットをはめた兄、異様な静かだった私達の部屋。それら全てが、私の不安を形作っていた。地下の奥に近付くほど、何か声が聞こえた。小鳥みたいな、綺麗なソプラノがうわ言のように謝罪をしていた。やめて、やめてよ。謝らないでよ。あんたが泣くって何?何が起きてるの?いつもみたいにかっこよく、大きな声で笑っててよ。お願いだから私の不安を否定してよ。
薄暗い部屋に、分かりやすいほど、兄の髪は輝いていた。所々赤く染った髪と、不釣り合いなほど銀色に輝く剣。奥に居る、いつも凛々しい私の友人にその影はなく、今はただ俯き謝罪することしか出来ない。彼女は少し時間がズレたように私に気付いて、怯えるように泣き出した。彼女のその挙動が、全てを物語っていた。私のブーツに、澄んだ赤が触れていく。
数秒の、永遠とも思える時間が経過した後。私は追っ手の兵士に連行された。やめて、あの赤から私を遠ざけないで。あの灯火を私から奪わないで。そうやって伸ばした手さえも、虚しく空を掠めるばかり。連れていく者の鎧の冷たさが、無慈悲に私に教えてくれた。
もうあの灯火は、永遠に還ってこないのだと。
コメント
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ひん......やめてください鳴きます
学校帰りに泣かせないでくださるッッ!?
寝起きに見るものではない、本当に これ全員の心死ぬって!!!!