翌日、治療が一段落して負傷者達は工作班が用意した簡易テントの中にベッドを用意してそこに収容されていた。
その簡易テントの一つ、マーサの使っているテントをシャーリィが訪ねた。
「ごきげんよう、マーサさん。調子はどうですか?」
「ごきげんよう、シャーリィ。貴女が応急措置をしてくれたお陰で治療も問題なく受けられたわ。ユグルドも同じよ。ありがとう」
「それは良かった。ロメオ君の話では一週間安静にしないといけないらしいので、その間はゆっくりと休んでください」
「ええ、流石に少し疲れたわ……ごめんなさいね、私がもう少し早く決断していればこんなことにはならなかったのに」
視線を落とすマーサ。その隣に椅子を持ってきて座ったシャーリィは、そんな彼女に言葉を掛ける。
「お気持ちは分かります。一緒に頑張ってきた仲間を信じたい気持ちも理解できますから、お気になさらず」
「……ありがとう、シャーリィ」
視線を上げて改めて礼を言うマーサ。それに対してシャーリィの表情には僅かに陰りが見えた。
「謝るのはこちらの方です。過激派の動きを掴めていたのに、初動が遅れて何人も亡くなってしまいました」
「……そう。正確な人数は分かる?」
「百名中二十名の方が亡くなりました。皆さん、本店勤務の方です」
「っ……貴女は悪くないわ。最後まで甘かった私の責任よ」
「ですが、二十人もっ」
「それは違うわ、シャーリィ。貴女は二十人を助けられなかったんじゃない。私を含めて八十人を助けたのよ。それを誇って欲しい。貴女達が居なかったら、私達は全滅していた筈だから」
「マーサさん……」
マーサは努めて笑みを浮かべて明るい話題に切り替えた。
「それよりも、ちゃんと私達が働ける場所は用意してくれているのよね?」
「それはもちろん。『黄昏』の一等地に大きなお店を用意させてもらいました。色は落ち着きのある淡い青色……」
「ピンク」
「えっ?」
「塗装はピンク一択よ。壁から屋根まで全部ね」
圧のある言葉であった。
「あっ、はい。直ぐに塗り直すように指示を出します。こほんっ。そこを起点に皆さんには商売を広げていただければと思います」
「了解よ。取り敢えず本店にあったお金と、どうしても必要なものは馬車に積み込んでるわ。やられた馬車もあるって話だから、怪我が治ったら調べないと」
「それなのですが、今回怪我をされていない人達が調べていましたよ。用意した店舗に必要なものを運び込むって意気込んでいました」
「いくら怪我をしていなくても、昨日の事で疲れているでしょうに。シャーリィ、私がそれは後回しで構わないと言ってたって伝えてくれる?」
ため息混じりに話すマーサに珍しく苦笑いを浮かべるシャーリィ。
「分かりました。私達としても無理をして欲しくはないので伝えておきます」
「お願い」
区切りと判断したシャーリィは佇まいを正す。
「マーサさん、皆さんはこれから『暁』のメンバーとなります。つまり、『ターラン商会』は赤の他人、そう判断して構いませんか?」
「構わないわ。もう未練もないし、まさか命まで狙うとは思わなかったから」
「それを聞けて安心しました。『ターラン商会』は敵なので、遠慮無く叩き潰します」
「あらら、貴女を怒らせちゃったみたいね」
「当たり前です。『ターラン商会』の資金力が不安ではありますが」
「問題ないわよ。『ターラン商会』が抱えてる販路の大半は、私やユグルドが切り開いたの。当然私達の信用で成り立っているわ。そして今回の騒動。人員の大半は『ターラン商会』に残ってるけど、商売は難しくなるでしょうね?」
悪い笑みを浮かべるマーサ。
「それを過激派は、他の幹部達は理解していなかったのでしょうか?」
「簡単な話よ、シャーリィ。私とユグルドはエルフ。そして『ターラン商会』は三百年の歴史がある」
「ああ、なるほど。つまり、苦労して組織を拡大していた頃を知っている人は居ないと」
「そうよ。だから今回も私に付いてきたのはほとんどが本店職員。私やユグルドと関わる機会が多かった人だけ。他の幹部達は会合で会うだけだったから、うちの下地を知らないのよ」
「そして私はマーサさんのコネを最大限に利用して更に商売を広げられると」
「そうなるわね。今頃過激派……いえ、『ターラン商会』は大慌てでしょうねぇ?」
悪い笑みを浮かべるマーサ。事実今回の騒動は隠し通せるものではなく、『ターラン商会』の抱える大口の顧客の大半が取引の中止あるいは縮小を決断。
これによって『ターラン商会』の収益は大幅な低下を余儀無くされた。
これに対してマーサは懇意にしている取引相手に直筆の書状を送り、今後は『暁』との取り引きを行って貰えるよう打診。
その結果大半の顧客がこれに応じて、『暁』に莫大な利益を生み出したのだった。
「では、彼等に感謝しましょう。私達に利益を献上してくれるのですから」
「感謝状を贈ってみたら?顔を真っ赤にして喜んでくれるわよ」
「それは良いですね。それで、襲撃者に心当たりはありますか?」
「あるわよ。奴等は『血塗られた戦旗』の下部組織よ」
「『血塗られた戦旗』」
『エルダス・ファミリー』との抗争時影で暗躍していた組織。その時は『暁』の予想外の善戦と『オータムリゾート』の介入により策は失敗したが、彼等はまだ諦めていなかった。
「奴等の悲願は『会合』への参加よ。その為に十六番街を狙ったんだけど、それが失敗に終わった。けど、まだ諦めていない」
「今回の騒ぎは。そのための資金調達ですか」
「結果的に失敗したけどね。向こうからすれば、またしても『暁』に邪魔された事になるわね」
「『血塗られた戦旗』の事情なんて知りませんし、考慮する必要もありません。ですが、新しい敵となるなら調べておく必要がありますね」
「私の知っていることなら何でも話すわ」
「ありがとうございます。でも今は休んでいてくださいね?」
シャーリィは怪我人全員を見舞って野戦病院を離れた。
その日の夜、マーサのテントをカテリナが訪ねた。
「派手にやられましたね、マーサ」
「貴女の説得がなければ死んでたわ、カテリナ。借りが出来たわね」
「その借りはこれからの貢献でシャーリィに返してください」
「ええ、もちろんよ。これから世話になるわ、カテリナ」
「こちらこそ、マーサ」
「それにしても、不思議ね。まさか、あの時貴女が連れてきた女の子の配下になるなんて夢にも思わなかったわ」
「八年前の私が聞いたら驚くでしょうね」
二人は笑みを浮かべ、そして水の入った杯を交わす。
「「シャーリィのために」」
暗黒街でシャーリィを見出だした二人は、静かに誓いを交わした。
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