テラーノベル
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不穏な中日。えろが描けなくて逃げました。「月が綺麗ですね」が中国さんとの思い出と結びついてたらエモいですよね。
国という生き物は孤独だ。
人とは違う見目を持ち、人とは違う時を生きる。
どれだけの人々に囲まれようが自分はひとりで、ずっと一人のまま生きていくのだと思っていた。
「初めまして、日没するお国様。」
「日出ずるところから参りました。まだ正式な名前のない身です故、『日ノ本』とお呼びいただけると幸いです。」
この、不躾な子供に出会う前は。
言葉遣いだけは嫌に丁寧なガキだと思ったが、わざわざ挨拶のためだけにはるばる海を越えてやってくるような奴だ。
国として認めてやって、色々と手解きをしてやると驚くほどの見込みが早く、真面目であった。
作ってやった料理を美味しい美味しいと夢中になって詰め込むところも愛おしい。
「中華さん中華さん」
そう言いどこまでも後をついてくる雛鳥に、心の欠落していた部分が温かく埋まっていく心地がした。
そんなある日、旧友が訪ねてきた。
「よぉ、…ってなんだそのガキ!!隠し子!?かーわい!!」
「違ぇアル。あと離れろネ、罗马。」
「…え、お稚児さん……?」
「该死的你!日ノ本に変な言葉聞かせんじゃねぇアル!!」
大声な早口で捲し立てたローマが怖いのか、日ノ本はサッと背後に隠れてしまった。
「え、隠れちゃった……。…まぁいい、見せたいものがあるんだ、中華。」
新たな交易品か、はたまた誓約書か。
「わかった。行くアルよ、日本。」
「あー…待て。悪い。…子供にはちょっと、酷な話だ。」
そう言うローマの顔が暗い。
また、どこかの国を制圧したのだろうか。
「わかった。日本、先に宴出とけアル。」
***
「答えろ。何故、人の理を越えてるんアルか。」
部屋に備えられた小さな窓が、ざぁっと降る雨の音を集めている。
遠くからは祭囃子の音。久々の雨を祝っているのだろう。
日本はひとりで大丈夫だろうか。
そんなことを考えなら、ローマの言葉を待つ。
尖った声を受けたローマは、寝台へと目をやった。
その上には、1人の男。
若々しい肌に苦悶の表情を浮かべ、何かを呻き続けている。
「…こいつ、ずっとこうなんだ。」
ぽつり、と一粒目の雨粒のような呟き。
「もう30年経つが、一向に老いない。」
「俺と長くい過ぎたのかと思ったが、こいつだけこうなるのはおかしい。」
男がうぅ、と一際大きな声で呻いた。
『化け物』。そう言ったらしい。
「……名前を、やったせいだと思う。」
ローマが拳を握り締め、そう溢した。
「…あいつの中に俺を残したいと思っちまったんだ、とても長く仕えてくれてたから……。」
「俺が忘れちまわねぇように、刻み込みたかったんだ……」
でも、そのせいでこいつを壊しちまった。
自身の罪に打ちひしがれるようにして、ローマは男の手を取った。
窓の外を見やる。
この雨がいつやむのかは、誰も知らない。
***
ローマが去って数日。
先日とは打って変わって晴れ渡った夜空に、煌々とお盆のような月が出ている。
「月が綺麗アルよ、日ノ本。」
いつものように日ノ本が眠るまで側にいてやっていると、涼しいからと開けた戸の隙間から明かりが見えた。
「…んぅ……?」
「月ではなぁ、兎が薬挽いてるんアル。」
物語の好きな日ノ本は眠そうに目をこすりながらも食いついてきた。
「ぼく、薬よりお餅がいいです。」
「色気のないやつ。」
月は愛しい人と見るもんヨ、と呆れたように言うと、何故か日ノ本は微笑んだ。
「なら、最後に中華さんと見れてよかった。」
「……『最後』?」
明日発つんです、と日本が言う。
「季節風が予定より早く吹きそうだとのことで。…寂しくなりますね。」
「……我もネ。…じゃあ、もう寝ろアル。」
出会った時よりも幾分か青年じみた、しかしやはり幼い顔で日ノ本が寝入る。背も少し伸びただろうか。
飛び立とうとする雛鳥を繋ぎ止めてはいけない。
いつだか、そんなことを言う人の子がいた。
自分は随分目をかけていたが、やはり名前も忘れてしまった。もう生きてはいないだろう。
「……お前も、遠くに行くのか。」
返事はない。
月はただ、刃物のような冷たさで地上を照らしている。
***
「今までありがとうございました、中華さん。」
「気にすんなアル。お前はどこにいようが我の愛しい子ヨ。」
すべすべの頬を撫でる。
柔らかくて、温かくて、すぐに潰れてしまいそうな儚げな体。
「『日本』。」
「…はい?」
初めて餌を与えられる小鳥のように、不思議そうな首の動き。
「『日本』。これからそう名乗れ。……忘れんじゃねぇアルよ、我が考えた名前アル。」
にほん、日本、と呟いて、日ノ本……いや、『日本』はくすぐったそうに笑った。
「いいアルな、日本?」
「はい、中華さん!…ふふ、日本、かぁ……。」
ぎゅっと腕の中に閉じ込める。日本が抱きしめ返してきた。
梅の花のように、甘くも切ない香りが胸を満たす。
ガチャリ、と見えない足枷のはまる音がした。
この子は人の子とは違う。
自分が守ってやれるのだ。
……そう、永遠に。
(終)
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ダダダダダ((無言で連打する音