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夜は、
とっくに終わっていた。
イチは
冷えきった身体を抱えたまま
薄明るい室内で座っていた。
窓の外、
森が静かに青を帯びてゆく。
エリオットの胸は
もう上下しない。
その事実を
イチは何度も確かめるように
指を添えた。
温度が
もうどこにもなかった。
それでも
イチの表情は
何も動かない。
泣き方も
悲しみの形も
知らないから。
ただ
彼の肩に頬を寄せ、
夜明けまで
動かずにいた。
―――
森が
朝の色に染まるころ。
イチは
静かに立ち上がった。
エリオットは
もう起きない。
もう食べない。
もう息もない。
だから――
土へ返す。
いつかエリオットが
小さな獣の亡骸を埋めたように。
イチは
その手つきを覚えていた。
外に出て、
家のすぐそばの
木陰を選ぶ。
土を掘る。
手のひらで。
爪で。
力の入れ方も
速度も
わからないまま。
ただ
手は止まらなかった。
土が
指の間に入り込み、
爪の奥に詰まり、
腕が痛んでも。
しばらくして
小さな穴ができた。
イチは
エリオットの身体を
両腕に抱え、
運び出す。
ゆっくり。
落とさないように。
穴の中へ
寝かせる。
まるで
ただ夜の眠りにつくように。
イチは
土を戻し始めた。
手のひらで
ぽん、ぽん
と軽く押し固める。
彼が
いつもそうしていたから。
意味も理由も
わからないまま
それを真似る。
―――
終わりに、
イチは
花を探しに歩いた。
どれがいいのか
わからない。
けれど
エリオットが
いつか教えてくれた花が
ひとつだけ
目に留まる。
淡い紫の
小さな花。
――ルリソウ。
イチは
慎重に摘んで
土の上へ置く。
なぜ置くのか
その意味は
まだ知らない。
ただ、
エリオットがこの花を見たとき
少しだけ嬉しそうに
笑ったこと。
その記憶だけが
指先を動かした。
風が吹き
草と花を揺らす。
森は今日も
静かだった。
イチは
作ったばかりの盛り土の前に
しゃがみ込む。
目も、表情も、
何も動かさないまま。
けれど――
胸の奥で
なにか小さなものが
かすかに
ひび割れたような気がした。
その痛みの名を
彼女はまだ知らない。
ただ
両手を膝に置き
静かに
そこにいた。
森に朝が満ちていく。
イチひとりを
置き去りにして。