テラーノベル
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春の陽光が穏やかに降り注ぐ、港町の午後。
再建が進む街の喧騒から少し離れた二人の自宅には、潮騒の音と、庭に植えられた沈丁花の香りが、清冽な風に乗って運ばれてきていた。
かつて「最強の死神」と恐れられた若井滉斗は、縁側に座り、愛刀の手入れをしていた。その隣では、かつての国王、大森元貴が、村の子供たちに頼まれた手細工の編み物をしていたが、次第にその手が止まり、こっくりと船を漕ぎ始めた。
「……元貴、眠いなら中で寝ろ」
滉斗が刀を置き、ぶっきらぼうに声をかける。しかし、元貴は微睡みの中にありながら、ふるふると首を振った。
「やだ。……ここで、ひろぱの隣がいい」
そう言うと、元貴は膝の上にあった編み物を脇に置き、吸い寄せられるように滉斗の肩に寄りかかった。
普段の元貴は、王としての気品と、復興を担う者としての凛とした強さを失わない。だが、滉斗と二人きりの時にだけ、時折、琥珀の中に閉じ込められていた幼少期のような甘えん坊の顔を覗かせることがあった。
「……作業がしづらい」
口ではそう言いながらも、滉斗は寄りかかってきた元貴の重みを拒まなかった。それどころか、元貴の柔らかな髪が頬に触れると、心臓の鼓動が少しだけ速くなるのを感じていた。
「ねえ、ひろぱ。今日はもう、お仕事おしまいにして」
元貴は滉斗の腕をそっと掴むと、上目遣いに彼を見上げた。その瞳には、かつて王都の最上階で椿を咲かせた時と同じ、無邪気で深い慈愛が宿っている。
「まだ終わってない。……それにお前こそ、子供たちに明日までに届けると言っていただろう」
「明日になれば、ひろぱが手伝ってくれるでしょ? ……今は、僕だけを見てて」
元貴はそう言うと、滉斗の膝の上に頭を乗せ、そのまま横になってしまった。
完全な無防備。
かつての敵対していた日々や、命を狙い合った夜が嘘のように、元貴は滉斗という存在を全面的に信頼し、甘えている。
「……本当にお前は、勝手なやつだ」
滉斗は観念したようにため息をつくと、手入れの道具を片付け、開いた片手で元貴の頬をそっと撫でた。元貴は気持ちよさそうに目を細め、滉斗の大きな手に自分の手を重ねる。
「ひろぱの手、あったかくなったね。昔は、もっと冷たかったのに」
「……お前が、ずっと温めていたからだろう」
不器用な滉斗の言葉に、元貴は嬉しそうに笑った。
かつて二人の間を隔てていた巨大な壁も、地位も、才能の差も、今はもうどこにもない。ただ、春の陽だまりの中で、一人の男が一人の男に甘え、それを受け入れる。そんな、どこにでもある、けれど二人にとっては奇跡のような時間が流れていた。
「大好きだよ、ひろぱ」
微睡みに落ちる直前、元貴が紡いだその言葉は、春風に溶けて滉斗の胸に深く刻まれた。
滉斗は寝入ってしまった元貴の額に、静かに口づけを落とす。
「ああ。……俺もだ、元貴」
最強の盾と、最強の愛。
二人が手に入れた新しい国は、この小さな縁側から、今日も穏やかに続いていく。
NEXT♡150くらい? 関係なく、明日も上げます。
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