コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……もしかしてノアは、あの時見せた書簡のことを気にしているのかな?」
盲目なのだから表情を読むことはできないはずなのに、アシェルは見事にノアが頭を抱えている案件に気づいてしまった。
「はい。めっちゃ気にしています」
ここで嘘をついたところでどうなるという思いから、ノアはあっさりと認めた。
「殿下が国王陛下から、どんなお咎めを受けるかと思うと、不安ですし、心配です」
「……私を心配してくれるの?」
「当たり前じゃないですか」
何を馬鹿なことを聞いてくれるんだと、ノアは自分の立場を忘れてムッとしてしまった。
ノアは3ヶ月以上、城内で過ごしているのに、国王に会ったことはない。
会いたくてもフランクに会えるお方じゃないし、法であり秩序であるお方を騙しているので、好き好んで会いたいとも思っていなかった。
だがしかし、一度くらい会っておけば良かったなぁー、なんて思っている。
それは庶民の好奇心じゃなく、人となりがわかっていれば、少しは対策を練ることができるという思いから。
しかし、そこまで考えたノアだけれど、まだ手遅れではないということに気づいた。
「んーあのぉ……出すぎた真似かもしれませんが、私から国王陛下にお伝えしましょうか?」
自覚は無いが、ノアは初代国王伴侶の生まれ変わりだ。
本当に自覚は無いし、魔法を勉強し続けていても、聖霊姫っぽい何かに開花する予兆すらないけれど。
でも、自分は初代国王伴侶の生まれ変わりに間違いない。だって国王が、そう認めたのだから。
そんな自分が「やっぱ結婚はナシの方向で」と告げれば、聖霊姫の生まれ変わりのワガママとして受け止めて貰えるだろう。
見方を変えると、アシェルは大々的にフラれるという形になってしまうが、それでもこの婚約について、変に疑われることはないだろう。
ついでに、アシェルにもうお見合い話を持ってこないでと、お願いしてみよう。
自分は聖霊姫の生まれ変わりだからという理由で、一方的にさらわれたのだから、それくらいのワガママを言ってもバチは当たらないだろう。
そんなことを頭の中でぼんやり考えながら、ノアはアシェルからの返事を待った。
しばらくして彼が口にしたのは、とても意外なものだった。
「ノアが陛下に会う必要はないよ。だって、あの書簡は偽物だから」
さらりと告げられた言葉を、ノアはうまく咀嚼できなかった。
……待つこと数分。ノアは、たった一言だけしか紡ぐことができなかった。
「は?」
いろんな感情が凝縮されたノアの一言を、アシェルはニコニコと受け止めた。
ついさっき、あれほど的確にノアの気持ちを読み取ったというのに、今はただただ微笑んでいるだけ。
「……殿下、あのですね」
「ん?どうしたんだい?」
にこにこ顔を崩さず、アシェルは続きを促す。その笑みは、どことなく圧がある。
そこにいい加減気付け!と思うが、ノアは今自分の身に降りかかった災難を振り払うことで精一杯だ。
「今の、聞かなかったことにしていいですか?」
保身に走ることにしたノアに、アシェルは意味ありげな笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。
「……ま、あんな初歩の魔法に気付けないんだから、あいつだって陛下に密告もできないだろうしね」
これを、ノアがちゃんと聞き取ったかどうかは、定かではない。
もし仮に聞いてしまっていても、次に起こる展開で、奇麗さっぱり忘れることになる。
「あっ、お話中すんませんっ。ちょっといいすか?」
急に二人の間に割り込んできたのは、アシェルの側近その1であるイーサンだった。
その口調はまるで台詞を棒読みしているかのようだが、ノアは疑問にすら思わない。
アシェルも、側近の不審な口調を気にする素振りはない。
「どうした?手短にしてくれ」
顔だけをイーサンに向け続きを促せば、側近その1はまるで見えないカンペを探すように目を泳がせながら口を開く。
「えっと……実は今の今、ノアさん宛に手紙が届いたんで……このタイミングで渡すのもアレなんですが、一応お伝えしておいた方が良かったか……あれ?悪かったのか?えっと───」
「渡してあげてくれ」
棒読みかつ挙動不審なイーサンの言葉を遮るように、アシェルは顎で指示を出す。
ちなみにノアは、この現状を孤児院のロキにはこう伝えている。
森で知り合った知らない人に良い仕事を紹介してもらえて、それが定員1名で即面接に行かないと他の人に決まってしまいそうだったから、着の身着のまま王都へ向かってしまった。幸い面接に受かって王都で働いている、と。
そんなあやふやで、突っ込みどころ満載の説明を誰が信用するかと思うが、ロキはあっさり納得した。
もしかして最初は怪しんでいたのかもしれないが、定期的にイーサンが商人に変装してロキに手紙と仕送りを届け、かつロキからの手紙はちゃんとノアに届いているのことが安心材料になっているようで、現在ロキから届く手紙には、不審がる内容は一切書かれていない。
そんなノアの家庭事情は置いておいて、イーサンは上着のポケットから手紙を取り出すと、ノアに手渡した。
「ノア、ここで読んでいいよ」
アシェルの言葉は、まるでノアが今すぐにでも読みたくてうずうずしているように聞こえるが、ノアは別にここで読みたいとは、これっぽっちも思っていなかった。