これまでに死体女優として、幾度も殺され続けた靜子は、悪夢の原因は、職業によるストレスかも知れないとも考えていた。
夢から覚めて、軽く朝食を済ませ、仕事へ向かう高樹を見送ってしばらくすると、夢に現れた女の人生を考えた。
意味の無い行為だと判っていても、そうすることで心が安定する気がしたのだ。
幼少期をどう過ごしたのか、両親との仲はどうか、学生時代や恋人や仕事や死因を推測する。
それは役作りにも似ていたし、俳優である靜子には苦ではなかった。
ところが、夢の記憶を整理する行為が、静子に新たな疑問を投げかけた。
どうして、彼女が死んでいると云えるのだろう?
靜子は、鉛のように重たくなった身体を引きずって、浴室へと向かった。
熱いシャワーを浴びたくて仕方がなく、考え過ぎのせいか頭も痛い。
他人の家で、我が物顔に振る舞う自分を戒めた時期もあったが、それは秘密の恋の序盤だけで、今では自由に使わせて貰っているのだが、勝手に部屋に上がり込むようなことはしなかった。
プライドがそうさせていた。
冷蔵庫から、前に買っておいたミネラルウォーターを取り出して、それを一気に喉に流し込みながら、飲まずに取っておいてくれた高樹に感謝して、再び壁にもたれながら進むと、来訪を伝えるチャイムが鳴った。
留守中の来客には対応しないのが、高樹との約束ごとで、これまでずっと守り続けていた。
しかし、備え付けのモニターの前まで来ると、ふいに存在を確かめたい衝動に駆られて、カメラボタンを押した。
エントランスの植木が不自然に揺れてはいるが、人の姿は見当たらない。
知らない誰かが悪戯をして、慌てて逃げたのだろうと靜子は考えて、オートロックのマンションに安堵した。
脱衣所で服を脱いで、浴室に足を踏み入れた瞬間、玄関のチャイムが鳴り響いた。
靜子はその異常さにぞっとした。
執拗に、途切れることなく誰かが押しているのだ。
扉一枚隔てたすぐ傍に、誰かかがいる。
脳裏に、夢の続きが再生される。
濡れた黒髪。
目から零れ落ちる蛆虫。
プチプチと音がする。
血の海に溺れる女。
靜子の身体は激しく痙攣し、その場に倒れ込んだ。
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