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第38話 「兄の背番号」
2021年 四月下旬。
春の大会が近づいていた。
柳城高校野球部。
一年生たちも少しずつ練習に慣れ始めていた。
しかし福間監督は容赦しない。
走る。
振る。
守る。
毎日が勝負だった。
ある日の練習後。
部室の整理をしていた舞は、一つの段ボール箱を見つける。
歴代の背番号。
古いユニフォーム。
卒業生の記念品。
その中にあった。
背番号2。
小早川啓介が最後の夏に着けていたユニフォームだった。
舞は少しだけ手を止める。
あの夏。
福岡優勝。
でも甲子園はなかった。
嬉しさと悔しさが混ざった最後の夏。
「懐かしかね」
振り返ると、おばちゃんだった。
学校へ差し入れを持ってきていた。
舞は少し笑う。
「お兄ちゃん、今頃どうしてるかな」
大学生活が始まったばかりの兄。
連絡は来る。
でも野球の話はほとんどしない。
昔からそうだった。
自分のことをあまり話さない。
グラウンドでは塁と史陽が自主練習をしていた。
塁は黙々と投げ込む。
史陽はノックを受け続ける。
夕暮れ。
周りの一年生は帰った。
それでも続ける。
福間監督は職員室の窓から見ていた。
「帰らんですね」
コーチが笑う。
福間監督も小さく頷く。
「あの兄弟は野球が好きなんやろ」
技術より先に必要なもの。
それは野球を好きな気持ち。
福間監督は、それを誰より大事にしていた。
翌日。
シートノック。
史陽がショートへ入る。
二、三年生の中に一年生が一人。
周囲が少し驚く。
だが史陽は平然としていた。
強い打球。
難しいバウンド。
どれも丁寧に処理する。
派手なプレーはない。
でもミスもしない。
福間監督は何も言わない。
ただ見ていた。
その横で塁がブルペンへ向かう。
投げる。
また投げる。
まだ一年生。
夏のベンチ入りも分からない。
それでも二人は前を向いていた。
兄が残した背番号。
兄が届かなかった甲子園。
追いかけるためではない。
越えるためでもない。
ただ、自分たちの野球をするために。
柳城高校の新しい物語は、ゆっくりと動き始めていた。
第38話 終
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