蓮司の手が、内腿に沿って這う。指先は淡々としているのに、残酷なほど正確だ。遥は視線を逸らした。顔が、火が出そうに熱い。
でも、それは快楽のせいじゃない。違う。違ってほしかった。
(……なんで、あいつの顔が浮かぶ)
日下部。
あのとき、追いかけてきた声。乱れた息。震えていた手。
どうしようもなく、頭の奥に焼きついていた。
今、この瞬間に──何も知らないあいつの顔が浮かぶことが、最もひどい「裏切り」に思えた。
「ねぇ遥」
蓮司の声が、耳元にふわりと落ちる。
「今……誰のこと考えてた?」
一瞬、心臓が跳ねた。
思考が読み取られたような錯覚に、遥は身体を強張らせる。
「……べつに」
震えない声を出すのに、肺が痛くなるほど力を込めた。
だが、蓮司はにやりと笑う。
「そっか。じゃあ、どうして名前言いそうになったの?」
遥の目が、わずかに見開かれる。
「ほら。喉、鳴らした時。“く”って……」
蓮司は、確信しているのではない。ただ楽しんでいる。
遥の内側に“そうだったかもしれない”という不安が生まれること──
その一瞬の揺らぎを拾って、転がして、嗤っている。
「“くさかべ”って言いかけた? “くっつきたい”の“く”? ……ねえ、俺の勘、当たってた?」
そのたびに、蓮司の指が動く。
触れるだけなのに、遥の奥底に染みるような刺激を与えていく。
「もしかしてさ──“アイツ”に抱かれてるとこ、想像してた?」
その瞬間、遥の目の奥がちかちかと痛んだ。
脳が真っ白になるほどの羞恥と、嘔吐感のような自己嫌悪。
反論の言葉は浮かばない。なぜなら──少し、図星だったから。
蓮司は笑う。
「いや、いいよ。全然。俺、そういうの気にしないから」
「むしろ──その顔、見れてラッキー」
喉の奥で笑いながら、ゆっくりと遥の髪を撫でる。
優しさの皮をかぶった“拷問”だった。
「ねえ、遥」
「アイツがもし、おまえを欲しがったら、どうする?」
「逃げる? 笑う? それとも──嬉しいって思っちゃう?」
その問いは、ただの言葉ではない。
遥の奥底にある「願望」と「嫌悪」を無造作に引き裂く、鋭利な刃だった。
遥は答えなかった。
答えられなかった。
ただ静かに、唇を噛んだ。
血の味がした。それで、少しだけ現実に戻れた。
(……俺は、壊れてる)
(なのに、壊れたまま──あいつに、触れたくなる)
そのどうしようもない矛盾が、遥の胸を軋ませる。
息ができない。思考がまとまらない。
蓮司は、何も言わずに動きを続けていた。
愉しむように、淡々と、飽きるまで。
そして遥は、何もできないまま、
自分の身体が刻一刻と“誰かのため”から“何のためでもない”ものへと変質していくのを、ただ黙って見ているしかなかった。