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布団の中、天井はあいかわらず真っ暗で、目を開けているのかすら分からない。
息を吐いても、吸っても、肺が痛い。
それでも、指先だけは、ぎりぎりと枕を握っていた。
(……あいつ、触れてなかったのに)
頭の中に、日下部の声が、背中越しの気配が、何度もよぎる。
ちがう――違う。今夜いたのは蓮司だ。
なのに、蓮司の身体の重さの奥から、日下部の名残だけが、じわじわと滲み出す。
(ごめん……ごめん、ごめん、ごめん)
何に対してかも分からず、心の中で謝り続ける。
口を開いたら喉が裂けそうで、舌を噛み切ってでも黙っていたかった。
「……やめて」
そう言えたら、何か変わっていたのかもしれない。
でも、言えなかった。蓮司の顔を、目を、声を、もう拒絶する力が、遥のどこにも残っていなかった。
(“代わりに俺が”なんて……思ったふりして)
(ただ、誰かに抱かれて壊れたかっただけだろ。俺)
その思考にたどりついた瞬間、喉が痙攣した。
枕が、頬に冷たい。
いつから泣いていたのか分からない。涙というより、体液が漏れただけのような、そんな感覚だった。
――汚れてる。
それはもう、何百回も心の底で繰り返した言葉だった。
でも今夜ほど、その事実が、骨の髄までしみ込んできたことはない。
(日下部が、あんな顔して……俺の手をとろうとしてたのに)
(それでも、俺は)
自分を汚して、自分の手を潰して、
そのくせ、“救われたかった”なんて思った。
(最低だ……)
叫びたいのに、声が出ない。
頭の中で、日下部の名前が何度も砕けて、血に混じっていく。
蓮司の指がふれた首筋が、まだ熱い。
けれど、胸の奥は凍りついていた。
(もう……触れられたくない)
(でも、誰にも置いていかれたくない)
そんな矛盾が、心臓をひき裂く。
自分の腕に爪を立てる。痛みでしか、「今ここにいる」ことを感じられなかった。
何も終わらない。
終わらせてくれない。
助けなんて、こない。
自分で選んだ――そう思いたかった。
(俺が、壊してるんだ。全部)
そう確信したとき、遥のなかで、何かが完全に折れた。
静かだった。とても、静かだった。
眠れなかった。
ただ、明かりのない部屋で、音のないまま、世界だけが崩れていった。