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それから二日後。明朝。帝都に地震があった。
私には土蜘蛛の気配は感じなかったけど、土蜘蛛のせいなのか、大地の自然の摂理かは不明だった。
幸いにもそんな大きな地震ではなく、土蜘蛛も現れなかった。でも私の心が限界だと思った。
地震が起きて、土蜘蛛のことを思い出して、迷っている心に亀裂が走った。
もう迷っている場合ではないと思った。黙っているのも辛かった。
いつも通りに、過ごせるようにするのがギリギリだった。
鷹夜様にこの先笑って、おはよう。おやすみが言える自信がなくなってしまったのだ。
「もう、今日のおやすみなさいは言えない。ごめんなさい」
一人で自室に佇む。
一人でじっくりと考えて決断した。いろいろと準備をしていたら、いつの間にか夕方になってしまった。
丸窓からの光は金木犀のようにとろりとした、橙色だったがどこか薄寒いものを感じた。
ふうっと、深呼吸して気持ちを整える。
もう準備は済ませた。
ここには二度と戻らない。
最後だからと、この部屋の温もりを覚えていたくて、肺にたくさんの空気を取り込む。
鷹夜様がまた夕食を一緒に食べるために、この庵を訪れる前に私は去りたい。
でも鷹夜様がお腹を空かせないようにと、台所でたくさんのおいなりさんを作った。その他にも煮物や天ぷらも作り、居間の机の上に置いた。
きっと見つけたら食べてくれるだろう。
それから私は手紙に全ての気持ちを綴り、前世のことも綴り、それも机の上に置いた。
ちらりと机の上を見ると、白い封筒があった。これもきっと気が付いてくれるだろう。
本当は直接言いたかったけども、鷹夜様の顔をみたら何も言えなくなると思ったのだった。
そうして最後にお世話になった部屋をさっと掃除して、凄く迷って──鷹夜様からもらった山吹色の着物を身に付けていた。
深呼吸をして、胸元に手をそっと当てる。
持ち物はこれだけでいい。
あとは全てを置いて行こう。
私のカフェーで働きたいと言う夢も、ここに置いておこう。
きっと持って行っても、土蜘蛛に襲われてしまうなら意味がない。
「でも、この着物だけは着て行きたいの」
いつかは鷹夜様と一緒に、出掛けるときに着て行こうと思った。でもそれはもう叶わない。
だから、大事に取っておいた山吹色の着物に袖を通したのだ。
そして梅千代さんから教えてもらった、化粧をほんの少しだけ自分の顔に施そうと思って、鏡台に近寄る。
鏡台の上に置いてある真新しいお白粉に口紅。それらに慣れない手つきで触れて、ゆっくりと頬に唇に色を乗せた。せめて着物に見合う姿でいたかった。
そうしたら、鏡の中に映る自分は少しだけ大人っぽい気がした。
「別に鷹夜様に見せる訳じゃないのにね」
私が苦笑すると鏡の中の私も「そうだね」と言っているように見えた。
「さぁ。そろそろ日が落ちてくるわ。もう行こう」
どこへ行くかなんて決めて無かった。
少しだけのお金を使って、汽車で行けるとこまで行こう。お金が無くなったら歩こう。
そうやって頭を整理していると気持ちも落ち着いた。そして静かに部屋を出て、玄関を出た。