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外に出ると空は橙色から紫色へと変化しつつあった。それでも、このまま表門から出て行くと目立つだろう。
裏門からそっと出て行こうと、くるっと庵の裏手へと回ったところで。
「環。どこへ行く?」
いきなり鷹夜様の声がしてびっくりした。
ばっと振り向くと西日を背にした鷹夜様が居た。
一瞬、私の見間違いかと思ったが鷹夜様が無言で、私との距離をあっという間に詰めて、私の手首をぐっと掴んだ。
近くで見る鷹夜様は珍しく、紫紺の瞳を細めて怒りを露わにしていると思った。
「杜若様、わ、わたしは……」
鷹夜様の強い眼差しで、しどろもどろになってしまう。
「今から俺と出掛ける約束をしていたか? 済まないが、そのような約束を交わした記憶はなくて、俺に約束の内容を教えてくれないか」
「……」
何も言えないでいると風がさぁっと吹いたあと、鷹夜様の深くて暗い声がした。
「そんなふうに着飾って──俺の他に、好きな男でも出来たか?」
「! ち、違いますっ! そんな人はこの世にいませんっ。私が、私が好きなのはっ……!」
鷹夜様だけだ。
気持ちは溢れんばかりにあるのに、その後の言葉を言えなかった。
今好きだと言ったところで、出て行こうとしている。そんな私に好きだと言える資格なんてない。
結局口をパクパクと開けて──閉じた。
沈黙に耐えかねて俯く。
地面に出来た、私と鷹夜様の黒い影を見るだけになってしまった。
その影を縫い付けるかのような、鷹夜様の暗い声がする。
「俺は環にここ一週間ほど、空回りのような明るさを感じていた。しかし、このような状況下。どうしたと、うるさく尋ねては負担になってしまうかと思っていた。だから……俺は環から、話してくれることを待った……」
鷹夜様は言葉を一度止めてから、言葉に迷ったように「今日は特に様子がおかしかったから、早めに来て正解だった」と低い声で付け加えた。
「杜若様……」
「環、俺の仕事上、四六時中一緒に居てやることが難しい。それに腹を立てているのか。それともなにか不満があったか」
ぐっと掴まれた手首に力が入って、それに促されるように話す。
「違いますっ! 私は杜若様になんの不満なんかありません。尊敬していますっ!」
「でも今日も環は俺に何も言わなかった。そして、一度も……俺のことを好きだと、俺の名も、その唇で囁いてくれることも無かったな」
掴まれた手首は離れ、
鷹夜様の手は静かに私の頬に触れた。
その顔は悲しみに満ちていた。
「環の信頼を得るには俺の努力が、まだ足りなかったのだろうか。もっと踏み込んだら良かったのか?」
「ち、ちがっ」
「ならばどうしたらいい。俺に何が足りないのか教えて欲しいっ」
切迫した鷹夜様の声に私は、とうとう涙を溢れさせてしまった。
悲しくて、どうしようもなくて。
そしてそのまま膝から崩れ落ちてしまった。
それでも鷹夜様の顔がどうしても見られなくて、懺悔をするように、地面を見つめることしか出来なかった。
「ごめんなさい……っ。私──た、鷹夜様が世界で一番大事なんです。だから、私はここに居ては迷惑になるんです。本当のことを言えば鷹夜様に嫌われる。それが何よりも怖い。だからっ……!」
涙が地面に降り注ぐ。
地面に影よりも黒い染みを幾つもつくる。
その濡れた地面にざりっと爪を突き立てると、ばきっと音がした。
どうやら爪が割れてしまったらしいが、どうでもいい。