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一組のサラリーマンが会計を済ませて店をでていく。

入れ替わるようにラ・コンナートでの業務を終えた百瀬あかねが入ってきた。

百瀬は迷子になったように店内を見回している。

 

「こっちだ」

 

「あ! お疲れさまです。それとこんばんはー」

 

百瀬あかねは人混みを抜け、ツトムと大垣のあいだに割って入った。

制服から私服に着替えた百瀬あかねは、店で見たときよりも幼く見えた。

 

「こっちは南海ツトムだ。こいつもビッタだ」

大垣は躊躇なくツトムが能力者であることを告げた。

 

「あっ……」

 

ずっと隠してきた秘密がいともたやすく外部に伝わり、ツトムの全細胞が逆立った。

 

『クイッ』

ほとんど無意識に指を眉間に当てて折り曲げた。

世界は3秒前にもどった。

 

「こっちは南海ツトムだ。こいつもビッタだ」

 

「南海ツトムです。よろしくお願いします」

ツトムは自然な笑顔を浮かべた。

 

「百瀬あかねです。よろしくお願いします。ツトムさんはいつ入居予定ですか」

 

「あ、いや、まったく決まっていません。今日はオーナーの話を聞きにきただけなんで」

 

「ってことは……。またオーナー! 話を聞ききにきただけの人をこんなに飲ませて」

百瀬が大垣の肩を強く叩いた。

 

「こいつが断らなかったからだ」

 

「会社のオーナーって肩書をもつ人の誘いはかんたんに断れないって、わたし3回くらい説教しましたよね?」

 

「アホか、会社のオーナーなんかより、プロ野球選手のほうがもっと立派だ」

 

「プロ野球選手?」

百瀬が目を見開いて固まった。

 

そのまま首を傾け、ツトムにぐっと顔を近づけてはまじまじと覗き見た。

百瀬の瞳があまりに近く、ツトムはたじろいだ。

 

「プロと言っても二軍選手ですから、そんなにじろじろ見ても誰かわかりませんよ」

 

「いえ、あなた。どこかで見たわ」

 

「テレビに決まってんだろ」

 

「ちょっと黙っててください」

 

「あの、すいませんが、ちょっとトイレに行ってきます」

 

ツトムは一度心を落ち着かせるために、トイレへと逃げ込んだ。

しかし実際にはさきほど使用した能力のリセットをはかるためだった。

 

個室の便座に座り、トイレの水を流す。

同時に頭にアナログの針を浮かべて指を『クイッ』と折り曲げる。

するとトイレは水を流す前に遡り、ツトムはその場に停止した。

 

合計9秒の時間を戻し終えたツトムは、世界がもつ時間とのつじつまを合わせるように、9秒間の無機物状態となった。

 

能力のリセットを終えトイレからもどる。

百瀬が待ちかまえていたように、携帯の画面をツトムの正面に突きつけた。

 

「ツトムさん、思いだしたよ。あなた気絶王子でしょ! すごーい」

 

百瀬の携帯には、インターネットで検索したツトムの画像がずらりと並んでいた。

 

日本シリーズ最終戦でグラウンドに倒れるツトムの姿や、アニメキャラクターとツトムを合成させたイタズラ画像などもあった。

 

無論これらが出回っているのは知っていた。

だが久しぶりに目にしたことで、眠れずに過ごした記憶がよみがえる。

 

「これをなんで俺に見せたの?」

小さな不快感がツトムの胃のあたりに生まれた。

 

「なんでって聞かれても困るよ」

百瀬はそう言ってケラケラと笑った。

 

「なに笑ってんだバカタレ」

 

大垣が百瀬の後頭部をつついた。

よろけた百瀬が、ツトムの胸にもたれかかった。

 

「ああ……気分がわるかったならごめんなさい」

百瀬は上目遣いでそう言った。

 

体調不良によって赤くなった頬と、潤んだ瞳が30センチの距離に迫っていた。

 

多くの男がこの目に触れては、不逞な憶測を胸に秘めるだろう。

しかしツトムにはそうした解釈はない。

 

百瀬の体をゆっくりと引き離す。

 

「今日は帰ったほうがいいよ。体調悪いんでしょ?」

 

「えっ、なんでわかるの? ってか、ヤだよ、わたし帰らないよ」

百瀬はそう言って駄々をこねるように、ツトムの胸部を3発叩いた。

 

「帰らんのならさっさと乾杯しろ。体調なんてものは、自覚じゃなく自粛を決めたときに気遣うもんだ」

 

3人はうまく噛み合わない空気のもとでグラスを合わせた。

百瀬は両手にもつ巨大な緑茶ハイを、時間をかけて長々と飲んでいる。

 

「ツトムさん。じつはちゃんとした理由があって、あなたの画像を見せたの。だから気をわるくしないでね」

 

「怒ってなんかないよ……。理由って?」

 

「この緑茶ハイぜんぶ飲んだら教えてあげるね」

百瀬が意味ありげに言った。

 

「いまでよくない?」

 

「ダメ。わたしにはちょっとした思い入れがあるから、あとがいいの」

 

百瀬に悪意はなさそうだった。

ツトムはわずかに芽吹いた不快感を洗い流すために、目を閉じ、白石ひよりの豊満な胸を思い浮かべて、心を正常化させた。

 

「百瀬さんは、最初シェアハウスへの入居という提案を受けて怪しまなかった?」

 

「あかねって呼んでね。わたしのほうがツトムさんより、ふたつ年下だし」

 

「あ、うん」

ツトムは心の中で、あかねと呼んでみた。

「あかねは最初、この豪快なオーナーの提案を聞いて不審に思わなかった?」

 

「ううん、まったく。提案を聞いてすぐ入居を決めちゃった。だってすごくいい条件だし、ここにくるまえは将来の夢もなにもないフリーターだったから。

でもなによりも、ビッタが自分だけのものじゃないってのを知って、心が救われたってのが決め手だったかな。

すくなくともシェアハウスでは、もうビッタを隠して生きなくてもいいんだって」

 

百瀬はジョッキを勢いよく口に運んだ。

しかし中身は少しも減っていない。

 

「シェアハウスに住む人たちはみんな、自分のビッタを公開してるの?」

 

「いまシェアハには12人が住んでるんだけど――」

 

「12人!」

ツトムは思わず大声をあげた。

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