「…………ぅ、きもちわる……」
会社のエントランスを出られたのは、20時をまわってからだった。走ると胃の中のものが出てきそうで、かといって会社にもこれ以上居たくなくて。できる限りの速歩き、体裁を気にすることもできず、口元を押さえた。
俺はまだ試用期間だから、残業はできない。別に、上司が残って働けと強要してくるわけでもない。でも、残らないと仕事は終わらないし、誰かが手伝ってくれるわけでもない。だから、今日もサービス残業。違法。馬鹿みたい。そして、気分が悪い。
「……うぅ、は……っ、」
ごくり、苦い唾液を飲み込んだ。ストレスで食べ物の味はろくにわからないのに、こんな時ばかり味がわかるなんて不公平だ。だらだら、意思とは関係なく溢れてくる唾液を、懸命に飲み込む。
こんなところで吐きたくないな。やっぱり会社で吐いてくれば良かったのかも。でも、この吐き気の原因である場所からは、一秒でも早く離れたかった。
「…………っぅ、え……」
明らかに胃液でも唾液でもない、固形物が口の中に戻ってきて、それを反射で飲み下すと、余計に気分が悪くなった。あと、ちょっと。駅まで行けば、トイレがあるから。いつも空いているから。大丈夫、もうちょっとだけ、我慢。大丈夫。
「うみにゃ?」
大丈夫、なのに。なんで、いるの。
振り返らなくても声でわかってしまった。昨日再会した彼が、背後に立っているであろうことくらい。
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