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東京郊外、うちの古びた古民家にまた朝がやってきた。
カーテンの隙間から差し込む光は、薄くて頼りなく、部屋を少しだけ温めてはすぐ消えてしまう。レース地の端が窓から入る微かな風に揺れて、目をチラチラさせる。
ベッドの端に座って、膝を抱えたまま動けない。いや、動きたくない。十七歳なのに、胸の奥には長い冬みたいな沈黙が広がってる。静かすぎて、自分の息さえうるさく感じた。壁の時計が八時を指して、遠くで電車の音が小さく響く。その音が胸に波を作るけど、すぐに冷たい静けさに消えてしまった。
――全部、中学三年の春から始まった。
2020年、コロナ禍で学校が休校した。
修学旅行中止の連絡がきた日が、今でも頭に焼き付いてる。お母さんは「仕方ないよね」って笑ったけど、私は笑えない。胸の奥で何かが軋む音がした。高校生になるまでスマホはダメ――それが家のルール。お母さんは「昔は電話で十分だった」って言うけど、私にはわからない。SNSの向こうで友達が笑ったり話したりしてる想像が、私を置いてどんどん遠ざかっていく。最初は「またすぐ会える」って信じてた。でも、数ヶ月経つうちに、その希望が色あせて、私自身も気づかぬ間に心をじわじわと飲み込んでいた。
休校明けの初登校日。
半日だけの短い時間。それでも制服を着て、心臓がドキドキした。うるさい男子、友達の笑い声、教室の懐かしい匂い――全部また味わえるって思ってた。
でも、教室のドアを開けた瞬間、足が止まった。
友達の声が一斉に押し寄せてきて、まるで波に飲み込まれるみたいだった。「あの動画見た?」「このハッシュタグ、やばくない?」――垢抜けた友人たちの知らない言葉が飛び交って、私なんか薄っぺらい影みたいに感じる。きっと今から手を伸ばしても届かない。リュックの中にある休校期間に書いていた漫画に、嫌でも現実を突きつけられた。
耐えられず早退した。
自転車を適当に止めて、鍵もかけずに家に飛び込んだ。玄関を閉めた瞬間、涙が止まらなくて。布団に潜って声を殺して泣いたら、頭に浮かんだのは、SNSの画面越しに笑う友達の顔。自分がいない世界で、ハッシュタグを共有して楽しそうにチャットしてる想像が、胸をギュッと締め付けた。
お母さんが「どうしたの?」ってドア越しに聞いてきたけど、言葉が出てこない。スマホがないことが、こんなに私を切り離すなんて、お母さんには絶対わからない。
お母さんなんかに分かってたまるか。
でも、理由を言わなかったせいで親が勝手に想像を膨らませた。
「いじめられたんじゃないか」――お父さんが学校に電話して、怒鳴ってた。
しばらくしてから聞いた話によると、そのせいで担任がクラスで事情を聞き始め、親しかった友人が矢面に立たされたらしい。 「お前が笹木をいじめたのか?」って聞かれて、彼女が泣きながら否定してる姿を想像したら、胸の奥で何か崩れる音がした。
夜。天井を見つめて考える。
悪いのは私? スマホ?親? それともこの世界?
答えなんてどこにもなくて、心にぽっかり空いた穴に、冷たい風が吹き抜ける。お母さんの「ご飯できたよ」っていう声は、遠い国の響きのように感じて、部屋から出る理由にはならなかった。
自分でも、何故こんな些細なことで不登校になったのか分からない。
私の心、触れたら壊れそうなガラス細工みたい。
もし割れたら――もう、二度と元には戻れない。そんな気がして、漠然とした不安に駆られては今日も一人静かに枕を濡らした。