………………………
「で?すべてが整えられていた部屋に移ったと?」
「うん…現金が引き出しに入ってて、電子マネーもたっぷり送金された…多分、生活に困らないようにって、響が」
そしてテーブルには1枚の紙が置いてあって、そこに書かれていたのは…
「部屋を出る時と帰った時には必ず連絡すること、1週間に1度は必ず会うこと、会った時のハグとキスは必須…」
読み上げて、真莉ちゃんに爆笑された。
「それのどこが別れなんだか、教えてほしいわ!」
呆れた声に、ブワッと顔が熱くなる…。
私だって驚いた…
大きさこそこじんまりしているものの、新品のベッドに最新の家電に家具、セキュリティバッチリのマンション。
私が1人で住むための支度が、すべて整えられていたから。
もちろん、響によって…。
「なんで俺が買ってやった服を持っていかない?マジでケンカ売ってるのか?」
夜になって、怒った響から電話があった。
「だって…お別れなら、買ってもらった服はもらえないと思ったんだもん…」
「…誰が別れるって言った?このクソガキが!」
ひどく口の悪い御曹司です…。
本当、いわゆるスパダリのくせに、まったく甘くなくてツラ…。
「いいか?俺も合鍵を持ってるからな?他の男でも連れ込んでみろ。…みじん切りにするぞ?」
とりあえず、少し距離はあけるものの、私たちのお付き合いは続くようだ…。
でも…内定取り消しの話に変化はないみたい。
真莉ちゃんには「響さんにも考えがあるんじゃないか」と言われた。
確かにそうかも知れないけど、何も話してくれないんじゃ、仲直りできないじゃん。
FUWARIに入社できなくなったことは…まだ私の心を暗くさせていた。
玲にキスされた嫉妬だけで、さすがにこんなことまでしないだろうと思うものの、いつになったら全部話してくれるのか…
そもそも、私は大学を卒業したらどうなるんだ?
バイトもないし、掃除や料理もなくなって、ちょっと暇を持て余した分…そんなことばかり考えるようになった。
…………
大学が終わって帰宅すると、旅行の時の写真を見返して、響の写真ばかり見てる毎日。
内定取り消しをした理由。
もう一度、ちゃんと聞いてみようか…。
納得できる理由なら、今からでも、違う就職先を見つけたい。
響は「卒業したら結婚」って言ってたけど、やっぱり結婚して永久就職を狙われてるのか…
別に…嬉しくないわけじゃない。
もう、響のこと好きだもん。
奥さんとか、普通に照れる…
でもそうなる前に、私にはFUWARIに就職するという未来があって、響の奥さんになるのは、さらにその先の予定だったから…。
そのへんのことも含めて、話してみよう。
そう思って、迷う前に響のいるマンションにやってきた。
「…琴音さま…!」
エントランスに常駐するコンシェルジュが、私に気づいて声をかけてくる。
3ヶ月も住んでいれば、ちゃんと覚えてもらえるのだ!
「こんばんは…あの、響さんは?」
コンシェルジュは不自然にニコッと笑った。
…怪しい…。
「ありがとうございます。行ってみますね」
呼び止められた気がするけど、こういう時のカンは結構当たる私。
エレベーターが音もなく開いて、響の部屋に到着した。
「…どうして君が来た?俺は佐伯に頼んだはずだが?」
「佐伯さんは早く帰りたかったみたいです。だから私が代わりに…」
会社の人だろうか。
女の人の声がする…
聞こえてくる話から、なんだか手違いみたいだけど、響1人の部屋に女の人が1人で入るって…
なんかやだ…
広いリビングの向こうで話している2人は、立ち尽くす私に気づかないみたい…
話をしに来たけど、なんだか無理っぽいかな。
まだ揉めてる2人…。
その時、エレベーターの扉が開き、忙しく男性が部屋に入ってきた。
出ていくタイミングを失った。
「…うわぁっ!!」
意図せず私がいて驚いたみたいで、ものすごい音量で叫ばれたけど、私だって驚いた!
「…誰かいるのか?」
響がこちらに気がついて歩いてきた。
さりげなく…叫んだ男性の後ろに隠れてみたものの…
「…琴音、なんで…」
逃げようとする私の腕を秒で引っ張られて、確保されてしまった…。
とりあえず、仕切り直しをするとしよう。
「…ちょっと来てみただけたから…私は帰ります」
「は?」
1人だけの部屋に女性を入れたのが気に入らなくて、ちょっとツンケンしてしまう私に、響は気づかない。
私にはみじん切りとか言ったくせに。
こっちだってミキサーにかけてやりたいくらい…!
先に話があるってアポを取ってから手直そう。
…その時、怒ってやるんだから!
顔には出さずにそんなことを思い、帰ろうとした私に、後で入ってきた男性が言う。
「もしかして…響次長の、噂の…?」
「あー。まぁ…黙れ」
出て行きかけた私を、何気なく後ろに隠す響。
何事かと顔をのぞかせる。
「あ!やっぱそうだ!次長のスマホの待ち受けの女の子!」
むっちゃ可愛い…!
と叫ばれて、ひぇ…と後ろにのけぞる。
スマホの待ち受け…?
響を見上げてみれば、ちょっと耳が赤くなってる…。
「次長の、恋人さんですかぁ?」
響の後ろに隠された私に、あらぬ方向から声がかかって、ジロジロ遠慮のない視線がまとわりついた。
「…山科さん、やめてくれ」
心底うんざりしたように、響がさっきまで1人で対峙していた女性に声をかけた。
「どうしてですかぁ?」
鼻にかかった声が、次に私を凍らせる。
「前は…美久って、呼んでくれてたのに」
あぁ…。
キス場面を見たときと同じような衝撃を感じる。
ゆらり…声を発した女性の方へ顔を向けてみれば…
赤い口紅が艶やかな、黒髪の美人がまっすぐ私を見てた。
元カノとのキス現場を見た時と同じ胸の痛みがじんわり広がって…
帰りたくなった。
居心地悪すぎ…
今すぐエレベーターに乗って自分のマンションに帰りたい…
響のマンションだけど…。
「…あのっ私は、これで、しつれ…」
「2人共帰って。今日はもう、おしまい」
背中から抜け出そうとした私を、絶妙に隙間を潰して…響は逃さない。
「…可愛いなぁ…サイコーっす…響次長…」
響の帰れコールに従ったのは山科さんという女性だけで、男性社員はなぜか残っていた
リビングのテーブルに残ってお酒を飲む男性社員、名前を河本さんというらしい。
ふぅ…っとため息まじりに見つめられ、なんだか落ち着かない。
「お前もう…帰れよ…」
私に注がれる河本さんの視線を、さりげなく自身の背中で隠し、ちょっとイラついた声で言う響。
「…あ〜…。響次長の愛しい彼女さんに会えて幸せだったな…」
河本さん、上司に言われてるのにゴロンと横になり、声をかける暇なく寝入ってしまった。
「…おい。マジか…」
心底困った顔をする響に、私はつい言ってしまった。
「このまま寝かせてあげたら?」
立ち上がって客用布団を持ってきて、そっと上からかけてあげる。
「…それじゃ、私はこれで」
「ちょっと待てって…!」
腰に回った手が、ぐっと引き寄せて…その瞬間焦るほど近くなる距離。
あれ…おかしいな。
これくらいの距離、旅行の時は当たり前だったのに。
2人きりの宴会場個室を思い出して、カッと頬が赤くなる…。
2人きりになった途端、響の仕事が忙しくなって、そのうち勝手に内定取り消しされて…
こんなに甘い顔を向けられるのは久しぶりで、それだけでときめいてしまうなんて、私もダメな女…
「会いに来てくれたんだとしたら、単純に嬉しい」
「いや…そうじゃなくて…」
「そう…じゃない?」
眉をひそめる響。
…そりゃ、会いたくないわけじゃない。
でも…そもそも2人で暮らせなくなった理由を解消したくて…
「内定取り消しのこと…話しに来た」
「悪いが、取り消しは取り消し。お前の就職先は俺」
当たり前みたいに言われて、次の言葉を探しているうちに、ギュッと抱きしめられた。
「時期が来たらちゃんと話すから…」
そう言われたら、何も言えない。
「じゃ…帰る」
「待てって…」
緩まない腕の中で、甘く見つめられたら、ひとたまりもない。
つい…誘われるように見上げて、その唇を受け止めてしまう。
深い…深いキス…。
舌が歯列をなぞって絡み合う…息が上がりそうなキス。
時々下唇を柔らかく食んでくる。
そしてチュ…っと吸われて…
これ、後で唇が腫れたみたいに赤くなるやつ…
ふ…と唇が離されて、ちょっと目を開けて響を見上げてみれば…
「俺を信じろ。琴音を不幸になんて、絶対にしないから」
燃えそうなほど熱い瞳で見つめられて、
そんな響になす術をなくす。
また強く抱きしめられて…私も響の背中に手を回した。
「さっきの女の人、どうしてここにいたの?」
「ん?山科?」
抱きしめる手は緩まない。
それどころか、そっと背中を撫で始めた。
全然、動揺してないみたい。
「あれは会社の秘書。別の男性秘書を呼んだのに、わざとここへやってきた。だからすぐこいつが来ただろ?」
大の字になって眠る河本さんを指さした響。
ふと腕が緩んだので、視線を合わせて聞いてみる。
「でも、美久って、名前で呼んでくれたって言ってたよ?」
「会社の忘年会で、罰ゲームでな」
そういうことか…。
要するに、なんでもないってことだと理解しながら、ひとつ強く思った。
響って、やっぱりモテるなぁ…
きっと会社の人とか、実は憧れてたり好意を持ってる人は多いのだろう。
そう思うと…
「響は…私の」
なんて呟いて抱きしめてしまうなんて、私もたいがい、どうかしている…。
コメント
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思い出した!!!お尻ぶりぶりの山科だっ!!! 響どうしてそれをもっと早く言わないのぉ〜!そしたら琴音ちゃんだって聞き入れてくれたよ?今だって腕を回してくれてるじゃない! 仲直りして、すぐこの部屋に戻ってらっしゃい!!! そして真っ赤に腫れるまでちゅうしてその先まで行こう(*>ω<(>ω<ヽ)❤イチャイチャ〜❤